JFCファクトチェック講座8:公開情報こそ重要 OSINT技術を使いこなす

JFCファクトチェック講座8:公開情報こそ重要 OSINT技術を使いこなす

オープンソース・インテリジェンス(OSINT)とは、一般公開されている情報を収集・分析し、活用する手法です。デジタル技術を用いて多くの情報がネットで公開されるようになり、取材だけでなくあらゆる調査にとって重要な技術であり、ファクトチェックでも多用します。解説します。

正しいものを正しいと検証するには

日本ファクトチェックセンター(JFC)の記事を例に見ていきます。これは「なぜニュースにならないの?」 静岡県内の水害画像は本物、というJFCのファクトチェック記事です。

画像

2022年9月の静岡県の水害では、前回の講座7で紹介したようにAIで作成した画像が「ドローンで撮影した静岡の様子」として拡散しました。JFCなどのファクトチェックもあり、本物の災害画像ではないという検証はできました。しかし、AI画像が出回ることで、「正しい画像」までも「これはAIによるフェイクでは」という疑心暗鬼が広がりました。

JFCでは、AIではないかという疑問が出ていた画像を検証し、それが実際の災害画像であることを証明しました。検証に活用したのは、誰でも無料で使えるGoogleマップです。

Googleマップでここまでわかる

GoogleマップやGoogle Earth、Google Earth Proなど、Googleが提供している地理サービスは、OSINTに不可欠なツールです。世界中のファクトチェッカーや調査報道記者たちが活用しており、ネット上で拡散した画像や動画が地球上に実在する場所なのか、探すことが可能です。

例えば、この3枚の画像が2022年9月の静岡県の水害の実際の現地画像であることを証明するために、どのような方法があるか、説明します。

画像

まずは1枚目の画像。講座5で解説したGoogleレンズを使うと、この画像はもともと、2022年9月24日午前5時9分に投稿された別のツイートに添付されていたものだとわかります(ただし、Twitterの投稿時間は、投稿したデバイス側の設定時間となっており、これが日本時間かはわかりません)。

画像

元ツイートのアカウントは、Jリーグのエスパルスファンと名乗っており、前後の投稿からも静岡に住んでいる可能性が高いことが類推できます。さらに、別のツイートではこの写真の撮影場所を「静岡市清水区の能島周辺」とコメントしていました。

Googleマップを使って、「静岡市清水区能島」を検索してみます。北東から南西に斜めに東名高速道路、その南側に静清バイパスが並行し、巴川が流れている地形のあたりだということがわかります。

画像

この地図から撮影場所を探すことは困難に思えますが、写真には大きなヒントが写っています。奥の方に見える高架の道路です。これが恐らく、東名高速道路か静清バイパスでしょう。

ここで役に立つのがストリートビュー機能です。現地の道路から撮影された写真で、実際の地形を確認することができます。Googleマップの右下にある黄色い人形(ペグマン)をドラッグ&ドロップで、ストリートビューを見たい場所に置きます。地図上の道路が青く表示される地点に置けます。

画像

ペグマンを高速道路とバイパスの近くにおいて風景を比較してみると、水害画像に写っている高架道路は、バイパスであることがわかります。

写真が撮影されたのは、バイパスとほぼ垂直に交じる道路で、バイパスから近く、しかも、浸水具合から川とも近い場所であろうと類推できます。あとは、それらしい場所に何度もペグマンを置いて見るだけです。

以下の場所が見つかります。

画像

奥に見える高架道路、左側に見える2階建ての建物の窓の形状、電柱など、完全に一致します。さらに、静岡県土木防災情報「SIPOS-RADAR」を確認すると、能島周辺の巴川は9月23日午後10時半、氾濫危険水位を超えていたことも確認できました。

これで、水害写真は本物であることが立証できました。すべて一般の人でも無料で利用できるツールを使った検証です。2枚目、3枚目の写真も同様の手法で確認ができたので、詳しくはJFCのファクトチェック記事を御覧ください。

検証に使える公開情報やツールが増えている

Googleマップに限らず、検証に使えるツールや「オープンデータ」が増えています。それらを知り、使い方に慣れておくだけで、ファクトチェックやあらゆる調査の能率が飛躍的に高まります。

元NHKの調査報道記者で、現在はSlowNewsシニアコンテンツプロデューサーの熊田安伸さんの著書「記者のためのオープンデータ活用ハンドブック」は、公的機関や民間企業や個人、事件や事故など様々な分野を調べるためのサイトやツールを一括で紹介しており、便利です。

Amazon.co.jp: 記者のためのオープンデータ活用ハンドブック : 熊田安伸: 本
Amazon.co.jp: 記者のためのオープンデータ活用ハンドブック : 熊田安伸: 本

また、私も理事を務めている「デジタル・ジャーナリスト育成機構」では、熊田さんがこのテーマで長期連載をしており、参考になります。

数あるサイトの中から、ファクトチェックにも使いやすいものを一つ挙げるとしたら、政府統計の総合窓口「e-Stat」です。数字が怪しい言説はネット上に大量にあります。そういうときに、こういったサイトで統計を確認すると良いでしょう。

政府統計の総合窓口
政府統計の総合窓口(e-Stat)は各府省等が公表する統計データを一つにまとめ、統計データを検索したり、地図上に表示できるなど、統計を利用する上で、たくさんの便利な機能を備えた政府統計のポータルサイトです。

よくあるのが、出所がよくわからないデータで「日本は〇〇が世界一」とか「世界最悪」などという言説です。JFCでも次のような検証をしたことがあります。

画像

こういった言説の検証には、海外の統計の検索が不可欠です。オープンデータや統計情報の充実は、海外でも進んでいます。英語での検索能力はここでも重要になっています。

OSINTがファクトチェックの世界で重視されるのは、たんにそれが便利だからというだけではありません。ファクトチェック結果を信じてもらうためには、読者の皆さん自身も確認できる情報を活用する必要があるからです。

最終回となる次回は、ファクトチェックの方法論について、世界的なルールを紹介します。

講座目次

  1. 意見や推測ではなく事実を検証する
  2. 検証は効果あり 検索やAIにも反映される
  3. 検証の4ステップ 「横読み」で効率的に
  4. 実践的な検索技術 効率的にソースを探す
  5. 画像の検証 GoogleレンズとTinEye
  6. 動画の検証 InVIDとYouTube検索
  7. AIコンテンツの検証 細部を見る
  8. 公開情報こそ重要 OSINT技術を使いこなす
  9. 国際的な標準ルール 信頼性を確保する
JFC ファクトチェック講座 - 日本ファクトチェックセンター (JFC)
ファクトチェックの考え方や技術、便利なツールの活用方法を実践的に学ぶ連載です。

筆者略歴

画像

判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

参政党・和田知久氏「総理大臣は天皇陛下の臣下のトップ」? 現在の憲法と異なる【#参院選ファクトチェック】

参政党・和田知久氏「総理大臣は天皇陛下の臣下のトップ」? 現在の憲法と異なる【#参院選ファクトチェック】

参院選沖縄選挙区に立候補した参政党・和田知久氏が「総理大臣は天皇陛下の臣下の1番トップ」などと発言しましたが、誤りです。日本国憲法では天皇は日本と国民統合の象徴であり、総理大臣を含む国民は臣下ではありません。 検証対象 参政党から参院選沖縄選挙区に立候補している和田氏はテレビ討論会で「総理大臣は天皇陛下の臣下の1番トップ」「陛下が国民の平和を願っているわけですから、安泰を願っているわけですから、そういう気持ちをくんで、思い切って減税対策を政権には打っていただきたい」などと発言した。 琉球新報は、7月5日に和田氏の発言に関するファクトチェック記事を公開し、「首相が『天皇陛下の臣下』というのは誤り」「『陛下が国民の平和を願っているから政権は減税対策を打つべき』は根拠不明」と報じている。 琉球新報”【ファクトチェック】「総理は天皇の臣下」→誤情報 「天皇の気持ちくんで減税を」→根拠不明 天皇に政治的権能なし 沖縄選挙区・参政候補の発言” 検証過程 明治憲法と現在の憲法 明治時代の1889年に発布された大日本帝国憲法では、国民は「臣民」と記され、第1章で

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
「ママのれいわ脳が早くなおりますように」と書かれた短冊? 改変された画像【ファクトチェック】

「ママのれいわ脳が早くなおりますように」と書かれた短冊? 改変された画像【ファクトチェック】

「ママのれいわ脳が早くなおりますように」と書かれた短冊の画像が拡散しましたが、改変された画像で事実ではありません。検索するとオリジナルが見つかります。 検証対象 7月7日、短冊に「ママのれいわ脳が早くなおりますように」と書かれた画像と共に「#れいわはないわ #七夕 かわいそう」という文言つきの投稿が拡散した。 7月8日現在、この投稿は600件以上リポストされ、表示回数は4.7万回を超える。投稿について「これは切実」「子供はちゃんと見てるんですね」というコメントの一方で「加工画像」という指摘もある。 検証過程 Googleレンズで検索 Googleレンズ機能で画像を検索することで、似ている画像を探すことができる。検索したい箇所を四角い枠で囲んで検索するだけでなく、検索窓にキーワードを加えることで、絞り込むことも可能だ。 この手法で探すと、2020年7月7日に水戸経済新聞が掲載した記事が見つかる(水戸経済新聞”新型コロナウイルス感染拡大の終息を願う短冊”)。 記事を確認すると、画像は茨城県ひたちなか市の勝田駅で撮影されたものだ。ピンクの短冊の結び方

By 木山竣策
自民・小泉進次郎氏「立憲民主・野田代表が農林水産予算10倍と発言」? 新規就農支援に限った話【#参院選ファクトチェック】

自民・小泉進次郎氏「立憲民主・野田代表が農林水産予算10倍と発言」? 新規就農支援に限った話【#参院選ファクトチェック】

自民党・小泉進次郎農林水産相が、立憲民主党・野田佳彦代表が「農水予算を10倍にする」と発言したかのような投稿をしましたが、誤りです。野田代表の発言は農水予算全体ではなく、新規就農支援に限定した話で、立憲民主党の公約にも明記されています。 検証対象 自民党の小泉進次郎農林水産相が立憲民主党の野田佳彦代表の参院選での発言に関する記事のスクリーンショットと共に「農林水産予算を10倍???23兆円にするってことですよね…。やっぱり野党は無責任」とXに投稿した。 投稿には、NHKニュースがXに投稿した「【ノーカット動画】参議院選挙 公示 各党党首らは何を訴えた」のリンクが添付されている。 2025年7月8日現在、この投稿は1700件以上リポストされ、表示回数は130万回を超える。投稿について「消費税を5%から8%に上げた立憲野田は許さない」「野党は無責任。おっしゃる通り」というコメントの一方で「農業人口増やす為の予算を10倍にしたいんだろ」という指摘もある。 日本ファクトチェックセンター(JFC)は小泉氏が投稿したように野田氏が農水予算を10倍にすると発言したのか

By 木山竣策
写真に一言「気持ち悪すぎだろ」と書くだけで拡散する偽・誤情報 何をどう検証したのか【ファクトチェックの舞台裏】

写真に一言「気持ち悪すぎだろ」と書くだけで拡散する偽・誤情報 何をどう検証したのか【ファクトチェックの舞台裏】

日本ファクトチェックセンター(JFC)は設立から2年半あまり、700本を超えるファクトチェック記事を公開してきました。一方で、検証を進めたものの、記事として公開に至らなかったものも数百本あります。日本でもファクトチェックに取り組む組織や個人が増えつつあります。そうした流れの中で、私たちは検証の舞台裏や、判断が難しいケース、世界で行われている新たな手法などを紹介するコラムを始めることにしました。 各コラムでは「どう検証したか」「どこで迷ったか」「どんな工夫をしたか」「なぜ掲載を見送ったか」など、編集の舞台裏を紹介します。現場の悩みも交えながら、やわらかくお伝えできればと思います。情報を見極めるヒントになれば幸いです。 第1回は、投稿の内容があいまいな場合、どのように検証対象とするかについて書きます。 曖昧な言葉と闘うファクトチェックの裏側 たとえば、「また、ワクチンで医師と看護師が1か月で〇〇人死亡。危険」という投稿があったとします。これは新型コロナワクチンの危険性を訴えているようにも読めますが、「新型コロナ」という言葉自体は使われていないため、具体的に何を

By 藤森かもめ(Kamome Fujimori)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は7月22日(火)午後2時~3時15分で、お申し込みはこちら。 https://jfckoushiyousei0722.peatix.com/ 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的に

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)