(能登半島地震)報道ヘリは救助の妨げか 災害で拡散する批判の検証

(能登半島地震)報道ヘリは救助の妨げか 災害で拡散する批判の検証

能登半島地震をめぐって「報道ヘリの音で瓦礫の下の声が聞こえない」との言説が拡散しました。日本ファクトチェックセンター(JFC)は、過去の災害のケースや報道機関のガイドラインなどをもとに検証しました。全ての事例を調べられないために判定は不可能ですが、参考になる資料などを紹介します。

検証対象

2024年1月1日、「報道各社 絶対にヘリを飛ばすなよ。お前らの報道ヘリの音で瓦礫の下の声が聞こえないんや。お前らが阪神大震災でたくさん殺したん忘れへんからな。また人殺すなよ」という投稿がX(旧Twitter)上で拡散しました。

画像

2024年1月10日時点で4万6000回リポストされ、表示回数は3000万回を超えました。返信欄には「命より優先される報道なんて絶対ない」「うるさいしSOS見つけてもなんもせん」と同調する意見の一方で、「この手の話に阪神・淡路大震災しか出てこないのはそれを教訓に一定高度以上の飛行が設定されたり各方面との調整を行っていることの証明」と、阪神・淡路大震災発生時と現在では状況が異なるという声もありました。

JFCは報道ヘリの騒音が救助の妨げになっているのかを検証しました。

検証過程

阪神・淡路大震災での報道ヘリの騒音

投稿が指摘する通り、1995年1月に起きた「阪神・淡路大震災」では報道ヘリの騒音が問題視されました。

画像
阪神・淡路大震災「1.17の記録」(神戸市)より

建物の下敷きになった人の捜索や救助では、声などの音が頼りになります。阪神・淡路大震災の際には、報道ヘリの騒音によって「声が聞き取れない」「ヘリの旋風が埃を巻き上げた」などの指摘が出ました。

国や神戸市は以下のような記録を残しています。

「救出現場では、周囲の人の証言や生き埋め者の声が生き埋め箇所特定の頼りだった。静寂確保のために、取材用ヘリコプター等の騒音が問題だったとの指摘もある」(内閣府『教訓情報資料集』
「二〇日、二一日と2日続けて市民から災害対策本部に取材ヘリコプターの自粛を求める要望、苦情が相次いで寄せられた。『助けを求める人の声が聞こえないではないか』『超低空で飛ぶので屋根がヘリの振動と風で壊れる、何とかしてくれ』といった内容であった。住民にヘリコプターの機体についているマスコミの社名を連絡してくれるように依頼するとともに、プレスルームにヘリ取材の自粛を呼びかけた。また、県警の広報課にも協力を依頼してヘリ取材の自粛を呼びかけていただいた。しかし自粛、協力は得られず、二九日にも市民から苦情が寄せられた。」(神戸市広報課・編著『防災都市・神戸の情報網整備 神戸市広報課の苦悩と決断』ぎょうせい(1996)、55頁)

航空取材のガイドラインが作られた

阪神・淡路大震災での教訓から、日本民間放送連盟や日本新聞協会は航空取材のガイドラインを新たに作成しました。ヘリコプターの騒音が取材対象や周辺住民などに迷惑をかけないようにするため、飛行の高度を高く保つといった対策からなります。

「日本民間放送連盟会員社は騒音を軽減することを重要課題とすることを申し合わせ、より高い飛行高度を保持することを目指す」(日本民間放送連盟「航空取材ガイドライン」)
「騒音への配慮と安全確保のため、最低安全高度等に留意しつつ、必要な高度・速度の維持に努める」(日本新聞協会「航空取材要領」)

NHK「救助活動の妨げにならないよう、通常よりかなり高く飛行」

その後、東日本大震災(2011年)や熊本地震(2016年)などでも、報道ヘリが空撮した写真や映像が報道され、記録として残っています。ガイドラインをもとに、現実の運用はどうなっているのでしょうか。

日本の報道機関で最大の15機のヘリを運用するNHKは2021年4月に「報道ヘリは救助の妨げになっていないのか? NHK航空デスクに聞いてみた」という記事を配信しています。

記事では「早く伝えるということは、極めて重要な話で、人命救助につながったり、被害を抑えたり、避難行動につながったりする」とヘリによる航空取材の意義を説明した上で、報道ヘリが救助の妨げになっているのではないかという指摘に対しては以下のような説明をしています。

・災害時に自衛隊や消防のヘリよりも先に着くことも多いため、撮影した映像で支援が入りやすくなったり、行政が動いたりすることもある。
・救助のヘリに無線で被災地の場所を伝えたり、放送局内でモニターを通じて映像を見ている職員が救助要請されている場所を調べて関係機関に通報したりする。
・人命救助するヘリの邪魔にならないように、人命救助のヘリよりもさらに300-400メートル高い場所で棲み分けをしている。

JFCが能登半島地震に関して報道ヘリへの批判があるかをNHKに取材したところ、以下のような回答がありました。

「NHKは今回の地震に限らず、被災現場を航空取材する際は、救助活動の妨げにならないよう、通常よりかなり高く飛行しています。 また、現場の真上にはとどまらず、周回半径を大きく取り、なるべく短時間で取材を終えるよう心がけています。 今回の地震でも、こうしたことに留意しながら災害報道を行っています」

報道ヘリが災害救助の妨げになる事例はあるのか

大きな災害や事故では、上空からの状況を知らせるために報道ヘリが飛びます。その全てについて救助の妨げになっているかを調べることは困難です。そのため、JFCが通常実施しているような検証の判定は出せません。

阪神・淡路大震災の教訓で報道ヘリのガイドラインが生まれたのは事実です。NHKの記事は、現在の運用によって東日本大震災で実際に人命救助に繋がった事例があることを紹介しています。

低空飛行などで災害救助の妨げになっている事例があるとすれば大きな問題です。そのような事例があるようであれば、JFCでも改めて検証したいと思います。

あとがき

未明に起きた阪神・淡路大震災では、夜明けに飛んだNHKのヘリコプターが大きく倒壊した阪神高速を報じたことで地震の規模が視覚的に素早く伝わりました(NHKアーカイブス)。

画像
倒壊した阪神高速 阪神・淡路大震災「1.17の記録」(神戸市)より

東日本大震災では、全てを飲み込みながら仙台平野を猛スピードで遡上する津波をヘリからの生中継で見たことで被災地の家族に連絡し、避難に繋がった事例もあります(NHK東日本大震災アーカイブス)。

今回の能登半島地震でも、ヘリ取材が珠洲市で孤立した人々の存在を伝えています。29年前の阪神大震災に比べると、現在はカメラの精度があがり、より高い位置から撮影することが可能になっています。また、騒音の少ないドローンの活用も増えてきました。

航空取材に対する批判について、救助の邪魔になるような事例が発生しないような対策は必要です。同時に災害時の報道のヘリ取材は、私たちにも、救難にあたる機関にも役立つことに心を留めておきたいと思います。

検証:住友千花、高橋篤史、宮本聖二
編集:藤森かもめ、野上英文、古田大輔

災害で拡散する偽情報の5類型

(能登半島地震)災害時に広がる偽情報5つの類型 地震や津波に関するデマはどう拡散するのか
地震や津波、洪水など大きな災害が発生すると、偽情報や根拠のない情報が拡散します。事実と異なる投稿や不確かな救助要請は、本当に助けを必要としている人たちへの支援を遅らせたり、妨げたりする恐れがあります。拡散しがちな偽情報・誤情報のパターンを知って、支援を妨げないようにしましょう。 災害時の偽情報の5類型 実際と異なる被害投稿 災害時に最も多く見られるのが、偽の被害報告だ。2024年1月1日の能登半島地震では、2011年の東日本大震災の津波の映像を使って、まるで能登半島地震の被害のように投稿する事例が相次いだ(例1、例2、例3、例4、例5 、例6)。 例2と例3を投稿した2つのアカウントは添付動画は異なるが、投稿文言は同じで「津波到達になった瞬間NHKのアナウンサーがすごい怒鳴ってる!危機感の伝わってくるアナウンスなので北陸新潟能登半島の方逃げてください」と書かれている。投稿内容をコピーしたと見られる。 例5の投稿は「石川県能登に大津波警報逃げろ」という文言に「#東日本大震災」というハッシュタグもついている。映像は東日本大震災のものだと示唆しているように読

検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

「ファクトチェックが役に立った」という方は、シェアやいいねなどで拡散にご協力ください。誤った情報よりも検証した情報が広がるには、みなさんの力が必要です。

XFacebookYouTubeInstagramAIが質問に答えるLINEボットのフォローもよろしくお願いします!LINE QRコードはこちらです。

画像

もっと見る

(動画)「トランプ前大統領が『岸田首相はグローバリストの操り人形』と発言」は誤り 生成AIによる映像【ファクトチェック】

(動画)「トランプ前大統領が『岸田首相はグローバリストの操り人形』と発言」は誤り 生成AIによる映像【ファクトチェック】

トランプ前大統領が「岸田首相はグローバリストの操り人形でビジョンもリーダーシップもない」と発言している動画が拡散しましたが、誤りです。AIによって作られた音声と映像です。 検証対象 2024年4月29日に、X(旧Twitter)でアメリカのトランプ前大統領が岸田首相をおとしめるような言葉を語る動画が拡散した。この25秒の動画の中でトランプ氏は、「日本の総理大臣の岸田文雄は、大変災難なことに、グローバリストの操り人形(パペット)にすぎず、ビジョンもリーダーシップのスキルもない、日本を愛するナショナリスト安倍晋三とは大違いだ」などと英語で話している。 この動画と内容をテキストにした投稿は、71万を超える閲覧、2800以上のリポストがある。「バイデンのいいなりだ」「その通り」など賛同の書き込みがある一方で「言ってることは良いけど音声とリップシングが少し同期外れる瞬間があるね」「AIだろAI」などと指摘する書き込みも多い。 検証過程 この25秒の動画は途中に4ヶ所の編集点があって、5つのカットがつなぎ合わされている。注意して見ていくと同じ5秒ほどのカットが繰り

By 宮本聖二
「大阪では8%以上が高校に進学せず中学が最終学歴」は誤り 大阪府の統計では98%以上が進学【ファクトチェック】

「大阪では8%以上が高校に進学せず中学が最終学歴」は誤り 大阪府の統計では98%以上が進学【ファクトチェック】

「大阪では高校に進学せず中学が最終学歴になる生徒が既に8%を超えている」という言説が拡散しましたが、誤りです。2023年度の大阪府の統計によると、中学校卒業者の高校等進学率は98.5%です。 検証対象 2024年4月27日、X(旧Twitter)で「大阪では高校に進学せず中学が最終学歴となる生徒が既に8%超え」というポストが拡散した。併せて「数年先には確実に10%を超えると言われている」「1割もの生徒が高校に進学しないなんて大阪だけ」とも主張し、大阪府の教育行政を批判している。ポストには吉村洋文・大阪府知事のニュース記事のリンクも付いている。 拡散したポストは約3000件のリポストを獲得し、15万回以上表示されている。 リプライや引用リポストでは大阪維新の会の政策を批判する意見が多数ある一方で、出典を示すように求める声もある。 検証過程 大阪府が2024年1月に公開した「令和5年度(2023年度)大阪の学校統計」の「II 卒業後の状況調査」では、2023年度の大阪府の高等学校等進学率は98.5%(男子98.5%・女子98.6%)で、前年比0.1ポイン

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
(画像)「トランプ氏が『キシダというのはどこがいいんだ?』と発言」は不正確 文脈無視の切り抜きでミスリード【ファクトチェック】

(画像)「トランプ氏が『キシダというのはどこがいいんだ?』と発言」は不正確 文脈無視の切り抜きでミスリード【ファクトチェック】

米国のトランプ前大統領が、2024年4月24日(日本時間)に自民党の麻生太郎副総裁と会談した内容について「キシダというのはどこがいいんだ?」と発言したとする画像が拡散しましたが、ミスリードで不正確です。発言には続きがあり、投稿はテレビ番組の一部を切り取っています。 検証対象 2024年4月28日、米国のトランプ前大統領が、麻生副総裁との会談で「岸田のどこがいい?」と発言したとする言説がX(旧Twitter)で拡散した。投稿には、テレビ画面のような画像が添付され、右上に「日曜報道」とロゴがある。 画面には麻生氏が「岸田首相をよろしく」と述べ、トランプ氏が「シンゾーは素晴らしかった でもキシダというのはどこがそんなにいいんだ?」と返している様子が描かれている。 このポストは4000件以上のリポストを獲得し、630万回以上表示された。リプライや引用リポストで「バイデン民主党の下僕がトランプ大統領に気に入られるはずがない」「トランプも流石に岸田の無能さとそれを信じ続ける無能な国民に呆れてんだろうね」などと岸田首相を批判するコメントが相次ぐ一方で、「切り取り」と指

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
「『条』の『木』を『ホ』と書くのは中国の表記で日本語ではない」は誤り 常用漢字表にも記載【ファクトチェック】

「『条』の『木』を『ホ』と書くのは中国の表記で日本語ではない」は誤り 常用漢字表にも記載【ファクトチェック】

「9条で世界平和を」と訴える横断幕について、「条」という漢字の書き方が日本語ではなく中国で使われる「簡体字」ではないかとの言説が広まりましたが、誤りです。横断幕の「条」の部首は「木」でなく「ホ」と書かれていて簡体字と一致しますが、日本の「常用漢字表」でも記載されています。 検証対象 2024年4月21日、X(旧Twitter)で「9条の『条』に注目」というコメントと共に、「9条で世界平和を」と書かれた横断幕の画像が拡散した。画像の「条」の文字は、部首の「木」が「ホ(縦の棒ははねている)」と表記されている。 このポストは18万回以上表示され、700件以上リポストされている。このポストのリプライや引用リポストには「日本人ではない漢字使い」「中国共産党の指示が裏にあるんですかねぇ」「中国の工作員ですね」などといったコメントが付き、部首の「木」を「ホ」と表記することは、日本の書体では誤りで、

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)