最高裁が、手術をしていない「自称女性」の主張を受け入れろと判決?【ファクトチェック】

最高裁が、手術をしていない「自称女性」の主張を受け入れろと判決?【ファクトチェック】

トランスジェンダーの職員への職場の女性トイレの使用制限を違法とした最高裁判決について「『自称女性』の主張を受け入れろという意味」という言説が拡散しましたが、誤りです。判決は原告職員の背景を考慮した上でのもので、トイレなど公共施設の使用全般に関して判断したものでもありません。

検証対象

拡散している言説は2023年7月11日の最高裁判決に関するものだ。経済産業省でトランスジェンダーの職員が、女性用トイレの使用を制限されたのは不当だと国を訴え、最高裁は使用制限をした国の対応は違法だと判断した。

これに対し、「『自称女性』の主張を受け入れろという意味」などという言説が拡散する起点の一つとなっているのが、まとめサイト「トータルニュースワールド」のツイートだ。「トランス女性の女性トイレ使用、最高裁の奇妙な判決」「手術なしでの性自認尊重は『自称女性』の主張を受け入れろということ」などと記している。

画像

このツイートにはコミュニティノートが付けられ、背景情報として判決について解説している。

この話題をめぐっては、SNS上に「女子トイレに自称女性おじさん大量発生へ」「自称女性が女性スペースに入ってこれるようになった」「男性器付きの『自称女性』が、女子専用トイレに堂々と入ってこられる環境になり、公共のトイレはさらに危険になりました。これは大事件と言ってもいい」などと、今回の最高裁判決が、ほかのトイレや事例でも広く適用されるかのような投稿が拡散している。

検証過程

まとめサイトの元記事は
このまとめサイトは産経新聞サイトの記事の一部を引用している。記事は裁判に関するもので、判決の補足意見で「本判決は、トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の在り方について触れるものではない」と一定の留保があることに触れつつ、「手術なしでも本人の性自認を尊重するとは、『自分は女性である』と主張する人物の主張を受け入れろということだ」と書いている。

まとめサイトはこの記事を引用しつつ、見出しは「『自称女性』の主張を受け入れろという意味」と書いて留保部分には触れていない。

判決の内容は
今回の判決は最高裁第三小法廷(今崎幸彦裁判長)によるもので、全文は裁判所のウェブページから読むことができる。原告は50代のトランスジェンダー女性で、判決では、健康上の理由から戸籍上の性別変更に必要な手術は受けていないものの、入省後の1999年に医師から性同一性障害の診断を受けてホルモン投与を続けていたことに触れられている。

つまり、単に「自称」しているということではない。

また、2009年に女性として勤務したいと職場の上司に伝え、同僚向けの説明会が実施された。化粧や服装、更衣室の使用は認められたものの、女性トイレは勤務するフロアから2階以上離れたものを使うように制限された。原告は国家公務員法86条に基づき、人事院に救済を求めたが、人事院は2015年に経産省の対応に問題が無いとの判定を出した。

今回、最高裁は、原告が女性トイレを使い始めてからトラブルはなく、明確に異を唱える同僚もいなかったと指摘。人事院の判定は「他の職員への配慮を過度に重視し」、原告の日常的な「不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いている」と判断した。

このように判決は、原告の状況を考慮したうえでのものとなっている。

補足意見での留保
また、今崎裁判長は補足意見で「なお、本判決は、トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない」と強調している。

つまり、今回の判決がすぐに他の公共施設の使用の事例に当てはめられるものではなく、「『自称女性』の主張を受け入れろという意味」ではないことが、この点からも明白となっている。

これらのポイントは、コミュニティノートでも触れられている。

判定

判決は、今崎裁判長の補足意見が指摘するように、経産省に勤めるトランスジェンダーの原告のトイレ使用制限に限った判断だ。原告の状況を考慮した上での判決となっている。以上のことから、「最高裁が、手術をしていない『自称女性』の主張を受け入れろと判決」という言説は誤り。

検証:リサーチチーム
編集:古田大輔


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

ヒカキン氏「サリンは撒かれてよかったと思う」と発言? 捏造した画像【ファクトチェック】

ヒカキン氏「サリンは撒かれてよかったと思う」と発言? 捏造した画像【ファクトチェック】

YouTuberのヒカキン氏が「サリンは撒かれてよかったと思う」と発言したという情報が拡散しましたが、誤りです。ヒカキン氏は過去にそのような投稿をしていません。投稿したアカウントは過去にもヒカキン氏の誤情報を拡散しています。 検証対象 2025年4月22日、「麻原大好きなHIKAKINマジでエグい」という文言と共に、ヒカキン氏のXアカウントが「サリンは撒かれて良かったと思う 今の政治は日本の魚介ぐらい終わってるからな みんなも今は亡き真の聖人麻原様に敬意を払おう」と発言しているかのような画像付き投稿が拡散した。 2025年4月24日現在、この投稿は1000件以上リポストされ、表示回数は615万回を超える。投稿について「ヒカキンさんを見る目が変わったわ」「これガチならエグすぎる」というコメントの一方で「HIKAKINの名を使ってこの記事はやり過ぎ」という指摘もある。 検証過程 投稿主は過去にも誤情報を拡散 今回拡散した投稿を発信した「麻原彰晃名言bot」は、オウム真理教の元代表麻原彰晃(本名・松本智津夫)元死刑囚の名言を紹介するbotを名乗っている。

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
日本は車の安全試験でボンネットにボウリング球を落とす?  過去に否定された誤情報【ファクトチェック】

日本は車の安全試験でボンネットにボウリング球を落とす? 過去に否定された誤情報【ファクトチェック】

アメリカのトランプ大統領が各国との関税交渉に関連して、非関税障壁の一例として日本ではボウリング球を車に落とす安全試験があると主張しましたが、誤りです。過去にも検証された誤情報です。 検証対象 4月20日、トランプ氏は自らが設立したソーシャルメディアTruth Socialで各国の非関税障壁の例を8つ記して投稿した。6番目に「Protective Technical Standards(保護技術基準)」として「Japan’s bowling ball test(日本のボウリング球テスト)」を挙げている。 検証過程 トランプ氏は、大統領1期目の2018年に同様の発言をしていた。ワシントンポストの当時の記事によると、日本では車体の耐久性を確認するために「ボーリング球テスト」があり、「車のボンネットに20フィート(約6メートル)の高さからボウリング球を落としてへこんだら不合格になる」と演説したという。 ボウリングボールを落とすテストはない 国土交通省によると、日本の自動車の製造・販売業者は、国が定める安全や環境の基準について、43項目の審査に合格したうえで

By 宮本聖二
大阪万博のリング、木材の大半は海外産? 7割が国産【ファクトチェック】

大阪万博のリング、木材の大半は海外産? 7割が国産【ファクトチェック】

前名古屋市長の河村たかし衆院議員が「万博の目玉リング、木の大半は海外産」と投稿しましたが、誤りです。同様の情報はこれまでにも拡散し、設計者自らが否定。公式サイトにも「国産7割、外国産3割」と記されています。 検証対象 2025年4月21日、前名古屋市長の河村たかし氏の「万博の目玉リング、木の大半は海外産だそうで、名古屋城は違います!」という投稿が拡散した。 投稿には河村氏自身のYouTubeアカウントに投稿された動画が添付されている。2025年4月23日現在、動画の視聴回数は6000回超。投稿は1500件以上リポストされ、表示回数は110万件を超える。 検証過程 動画の中で河村氏は、名古屋城の復元について解説。万博の名物となっているリング状の建造物について「全部国産材の名古屋城の木材と全然違いますね」などと発言している。 日本ファクトチェックセンター(JFC)が、大阪・関西万博公式Webサイトを確認したところ、大屋根リングについて「使用木材:(国産)スギ、ヒノキ(外国産)オウシュウアカマツ ※国産が約7割、外国産が約3割」という記載がある。 リング

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
新型コロナのレプリコンワクチンは死亡率がファイザー製の75倍? 元資料の誤読【ファクトチェック】

新型コロナのレプリコンワクチンは死亡率がファイザー製の75倍? 元資料の誤読【ファクトチェック】

新型コロナのワクチンについて、レプリコンはファイザー製に比べて死亡率が75倍だという情報が拡散しましたが、誤りです。厚労省の資料をもとに主張していますが、これは副反応疑いの件数で因果関係が立証されたものではなく、また、死亡報告2件は、のちに製造元が「ワクチンとの因果関係を医師が否定した」という理由で報告を取り下げています。 検証対象 2025年4月17日、「レプリコンはファイザー製の75倍の死亡率」という投稿が拡散した。投稿には表も添付され、製薬会社ごとに接種者の「重篤」と「死亡」の報告数の比率を比べている。 4月21日現在、8万2000を超える閲覧と1200のリポストがついている。「こんなもん国民に打たせるな」「ワクチンじゃない、殺人兵器だ!!」などの他「真面目に副作用報告を収集しているから副作用発現率が高く見えてる可能性がありますね」という指摘もある。 検証過程 レプリコンワクチンとは レプリコンワクチンは、日本の製薬企業Meiji Seikaファルマが開発製造しているmRNAワクチン。mRNAが体内で複製されて増えるため、従来のmRNAワクチ

By 宮本聖二

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は5月28日(日)午後2時~3時半で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei0518.peatix.com/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にどのよう

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)