ガザ南部の退避地域に空爆は行われていない?【ファクトチェック】

ガザ南部の退避地域に空爆は行われていない?【ファクトチェック】

イスラエル・パレスチナでの武力衝突に関連し、「ガザ南部の退避地域に空爆は行われていない」との言説が拡散しましたが、誤りです。ガザ全域に攻撃をしていることはイスラエル軍も発表しており、国連が運営し、避難者が集まる南側の難民キャンプでも死者が出ています。国内外の多くのメディアもガザ南部での攻撃による被害を伝えています。

検証対象

2023年10月29日、イスラム思想研究者の飯山陽氏が、「ガザ南部の退避地域に空爆は行われていない」と投稿した。TBSの須賀川拓記者の「今のガザに安全なところはない」という投稿への反論だ。飯山氏の投稿はX(旧Twitter)で拡散し、40万件以上の表示と、9500件のいいねを獲得した。

画像

検証過程

イスラム組織ハマスの壊滅を目指すイスラエル軍は、10月下旬、ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザ地区の北部の住民に対して、南部に退避することを求めた。

イスラエル空軍のX公式アカウントは10月29日午後3時(日本時間、以下同)の投稿で「空軍戦闘機がガザ地区全域の軍事目標を攻撃した」と投稿している。日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ガザ南部の避難者が集まる地域で空爆が実施されているかを検証した。

国連が運営する難民キャンプで死者

現地で難民キャンプを運営する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、これまでに複数の難民キャンプが攻撃を受け、避難者やUNRWA職員の死者が出ていると報告している。

「10月17日(現地時間、以下同)には約4000人を収容するガザ中部のアル・マガジ(Al Maghazi)難民キャンプにあるUNRWAの学校が攻撃を受けた。その結果、8人が死亡、40人が負傷した。この中にはUNRWAの職員3人が含まれる」と発表した。この難民キャンプはイスラエルが退避を求めた地域よりも南に位置する。

UNRWAは2023年10月18日、X公式アカウントで「ガザにはもはや安全な場所はない。国連施設でさえも」と投稿。投稿のリンク先のUNRWAのレポートには「“The school was hit during Israeli forces airstrikes and bombardment on the Gaza Strip(学校はガザ地区へのイスラエル軍の空爆と砲撃が続く中で着弾した)」と書かれている.

ロイター通信はこの攻撃について「イスラエルの空爆でUNRWAが運営するガザの学校で少なくとも6人が死亡した」と報じた。

根拠とされたFOXニュース記者もガザ南部への攻撃を報道

飯山氏が引用しているのはFOXニュースのTrey Yingst記者の投稿だ。記者は現地から本人のXアカウントで発信している。飯山氏は「FOXのTrey記者は退避したガザ住民から情報を得てその事実を逐次確認し報道している」と述べている。

しかし、記者自身もガザ南部への攻撃を伝えている。10月27日午後11時の投稿ではイスラエル軍が「ハマスの標的を破壊するため夜通しでガザ南部を攻撃した」と報告している。

検証対象が投稿された時刻よりは後になるが、記者はDeir al-Balahにおける空爆被害も伝えている。動画で記者は「ガザ地区北部の破壊」と話しているが、Deir al-Balahはイスラエルが指定した退避地域より南に位置している

また、記者が所属するFOXニュースはガザ南部ハンユニス(Khan Younis / Khan Yunis)が空爆された様子も報じている。ハンユニスは、イスラエル軍報道官がガザ住民へ避難先として示した地点だ。

FOXニュースに限らず、ガザ南部の空爆被害は国内外さまざまなメディアが取り上げている。

BBC:ガザで取材するBBC記者と家族、再び家を失う 南部ハンユニスで空爆警告

読売新聞:イスラエル軍がガザ南部の空爆継続、検問所のラファでも30人死亡か…開通ずれ込む可能性

NHK:避難先の教会が空爆 緊迫のガザ地区 住民が語ったことは

CNN:退避勧告に従ったガザ住民、イスラエル空爆で死亡 「どこにいようと危険」

ロイター:Why is Israel attacking south Gaza after telling people to go there?(イスラエルはなぜ、住民にガザ南部に行くように言った後、ガザ南部を攻撃しているのか?)

UNRWAは11月2日、「この24時間だけで、UNRWAが運営する4つの避難所が被害にあった」と発表した。ガザ地区最大の避難所であるジャバリア(Jabalia)難民キャンプでは、少なくとも20人が死亡。ビーチ(Beach)難民キャンプでは子供1人が死亡した。この2箇所はガザ北部だが、それよりも「はるか南」で、避難区域よりも南に位置する2箇所の難民キャンプにも着弾があり、2人が死亡したという。

UNRWAのフィリップ・ラザリーニ事務局長はCNNのインタビューに「我々は学校を避難所にして、北部で家を追い出された人たちを受け入れており、そのことはよく知られている。数千人もの人が集まる避難所が攻撃された」と話している

判定

「ガザ南部の退避地域に空爆は行われていない」という言説は誤り。イスラエル軍は「ガザ地区全域の軍事目標を攻撃した」と発表しており、北部の退避区域より南の難民キャンプでも運営側の国連職員を含めて死者が出ている。

検証:本橋瑞紀
編集:古田大輔、藤森かもめ、宮本聖二、野上英文

イスラエル・パレスチナをめぐるファクトチェックまとめ

イスラエル・パレスチナ情勢をめぐり大量の誤情報/偽情報 検証方法を解説【ファクトチェックまとめ】
イスラエル・パレスチナの武力衝突に関連し、大量の誤情報/偽情報が世界的に拡散しています。互いの憎悪を煽るような投稿もあり、混乱に拍車をかけています。日本ファクトチェックセンター(JFC)がこれまでに検証した事例とともに、対応策をまとめました。 ※新たな検証があれば記事を更新します(最終更新2023年11月17日)。 対立煽る誤情報/偽情報 間違った情報に関して、一般的には「フェイクニュース」や「デマ」という言葉が使われることが多いですが、その内実は複雑です。 真偽が不確かな情報で社会が混乱する「情報汚染」を情報の意図と正誤で3つに分類すると、図のようになります。「誤情報:意図的ではないが誤っている」「悪意ある情報:意図的だが誤っていない」「偽情報:意図的に誤っている」の3つです。 ロシアとウクライナの戦争がそうであるように、イスラエル・パレスチナをめぐっても、大量の誤情報/偽情報/悪意ある情報が拡散しています。情報汚染は対立を煽り、混乱を悪化させます。発信元の確認や他の情報源との比較をするようにしましょう。 誤情報/偽情報の検証方法 大量に流れる情

検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

「ファクトチェックが役に立った」という方は、シェアやいいねなどで拡散にご協力ください。誤った情報よりも検証した情報が広がるには、みなさんの力が必要です。

X(Twitter)FacebookYouTubeInstagramなどのフォローもよろしくお願いします。またこちらのQRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、真偽が気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

NHKは地震が起こるのを知っていたから対応が早い? 速報システムがある【ファクトチェック】

NHKは地震が起こるのを知っていたから対応が早い? 速報システムがある【ファクトチェック】

NHKがニュース番組放送中に地震があった際、キャスターが地震の原稿をすぐに読み始めたことについて「NHKは地震が起こることをあらかじめ知っていた」という投稿が拡散しましたが、誤りです。速報の仕組みが整えられています。 検証対象 2025年1月13日、「速報鳴ってから映像に見切れるFDフロアーディレクターが原稿渡すまでわずか11秒です。いくら何でも早過ぎやしませんかね😅」という投稿がXで拡散した。投稿に続くスレッドではこの地震が「人工地震」であるかのような主張もある。 2025年1月14日現在、この投稿は300件以上リポストされ、表示回数は35万件を超える。「確かに不自然なぐらい原稿渡されるまでが早い」と同調するコメントの一方、「日々相当な訓練をされてるんですね」というコメントもついている。 検証過程 動画はNHKニュースの切り取り 日本ファクトチェックセンター(JFC)が確認したところ、この動画は1月13日午後9時からのニュースウォッチ9。NHKプラスで見ることができ、拡散した動画は午後9時19分41秒から44秒間を切り取ったものだ。内容は改変さ

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
Metaがファクトチェックプログラムの廃止を発表/トランプ新政権めぐり繰り返される偽情報【今週のファクトチェック】

Metaがファクトチェックプログラムの廃止を発表/トランプ新政権めぐり繰り返される偽情報【今週のファクトチェック】

FacebookやInstagramを運営するMetaがこれまで進めてきたファクトチェック・プログラムを廃止し、コンテンツ規制を緩める方針を発表しました。ザッカーバーグCEOが表明した6つの新施策について詳しく解説しました。その他、韓国の飛行機事故、ワクチンなどのファクトチェック記事を紹介します。 ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 JFCからのニュース Metaのファクトチェックとコンテンツ規制に関する方針転換に対する公開書簡 Facebook、Instagram、Threadsを運営するMetaが現状のファクトチェック・プログラムを廃止し、コンテンツ規制を緩める方針を発表しました。マーク・ザッカバーグCEOは「検閲が過剰だ」とその理由を述べ、これまでパートナーシップを結んできたファクトチェック団体を「政治的に偏り、信頼を生むよりも壊してきた」と説明しました。 世界中のファクト

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
SNSはフェイクとヘイトの巣になるか Metaの方針転換とXが示すファクトチェックとコンテンツ規制の未来

SNSはフェイクとヘイトの巣になるか Metaの方針転換とXが示すファクトチェックとコンテンツ規制の未来

FacebookやInstagramなどを運営するMetaが「ファクトチェックを廃止する」と話題になっています。公式の発表では「第三者とのファクトチェックプログラムを廃止する」。実際には何がどう変わるのか。より影響の範囲が大きい「コンテンツ調整」の問題とともに解説します。 Metaの偽・誤情報対策は自社によるものと第三者によるものがあった 今回の動きを理解するためには、そもそもMetaがこれまでどのように偽情報やヘイトスピーチなどに対応してきたかを知る必要がある。外部のファクトチェック団体と協力する「第三者ファクトチェックプログラム」とMeta自身による「コンテンツ調整」の2つだ。 Metaの「コンテンツ調整」とその課題 Facebookを利用していて「投稿が削除された」という経験がある人もいるだろう。これを「ファクトチェック」と誤解している人がいるが違う。これはMetaが自社のテクノロジーで実施しているもので「Content Moderation(コンテンツ調整)」と呼ばれる。 コンテンツ調整とは、あるコンテンツを削除したり、拡散量を減らしたり、逆に

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
Metaのファクトチェックとコンテンツ規制に関する方針転換に対する公開書簡

Metaのファクトチェックとコンテンツ規制に関する方針転換に対する公開書簡

Facebook、Instagram、Threadsを運営するMetaが現状のファクトチェック・プログラムを廃止し、コンテンツ規制を緩める方針を発表しました。マーク・ザッカバーグCEOは「検閲が過剰だ」とその理由を述べ、これまでパートナーシップを結んできたファクトチェック団体を「政治的に偏り、信頼を生むよりも壊してきた」と説明しました。 世界中のファクトチェック団体を認証している国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)は、この決定と発言に対して公開書簡を出しました。日本ファクトチェックセンター(JFC)を含む多数のファクトチェック団体も署名しています。JFCとして日本語訳し、こちらに掲載します。 IFCNの公開書簡(2025年1月9日) 拝啓 ザッカーバーグ様、 9年前、私たちはFacebook上の虚偽情報によって引き起こされる現実世界での被害についてあなたに公開書簡を書きました。それに応じて、Metaはファクトチェックプログラムを立ち上げ、数百万人のユーザーをデマや陰謀論から保護しました。今週、あなたは「検閲が過剰である」との懸念から、アメリカ国内で

By 古田大輔(Daisuke Furuta)