ケムトレイル:政府が飛行機雲で有害物質を空から散布している?【ファクトチェック】

ケムトレイル:政府が飛行機雲で有害物質を空から散布している?【ファクトチェック】

飛行機雲を、政府などがこっそりと危険な化学物質を散布している「ケムトレイル」だと考える人が世界中にいます。実際には航空機の排気ガスによってできた線状の雲で、「健康被害はない」とアメリカの公的機関などが度々否定している根拠のない陰謀論で、誤りです。

検証対象

Twitter上では、飛行機雲の写真に「#ケムトレイル」とタグ付けした投稿が、毎日のようにある。ケムトレイルとは「ケミカル」(化学物質)と「トレイル」(痕跡)をかけ合わせた言葉で、例えば2022年9月13日にあったツイートは「これは飛行機雲などと言った呑気なものではありません。#ケムトレイル」などと訴える。

画像

リプライでは「大阪と、四国の間の海上でも、昨日見かけました」「昨日の長野です」と同調する声が上がるほか、「なに撒いてるのかねー」「喉の調子が今一つ」などと健康への影響を心配する声も。

「国民を駆除する気だ」「勝手に毒を撒くなんて許せない」「なんでこれを政府や国会議員は放置しているのか。お仲間ですか?」と、政府や闇の勢力が人口減少などを狙って化学物質を散布しているという主張も根強い。

検証過程

ケムトレイル説は世界中で以前からある。最近は、政府が人工的に雨を降らせるために雲に「種まき」をしたり、地球温暖化対策で化学物質を散布する研究がされているため、拍車がかかっている。

英BBCなど欧米メディアの報道によると、新型コロナウイルスの流行後に陰謀論的な思考が急増したことで、晴れた日にはネットを中心により拡散するようになったという。

アメリカでは、市民からの問い合わせが絶えず、米環境保護局(EPA)は公式サイトに見解をまとめ、情報ダイヤルも設けている。サイトには、EPAと航空宇宙局(NASA)、連邦航空局、海洋大気庁が連名で研究結果をもとに2012年9月に発表したファクトシートのほか、米空軍が反証を記したファクトシートも掲載する。空軍は古くから、偵察飛行という軍事的な狙いから飛行機雲を研究対象としてきた。

アメリカ当局のファクトシートによると、航空機のエンジンから排気されたガスによって、線状の雲が発生する。湿度の低いところでは散逸する一方、湿度が高くなると消えずに残り、上空の広い範囲に目に見える水蒸気の軌跡「コントレイル」(飛行機雲)を作る。この飛行機雲は主に水(氷の結晶)でできており、人体への健康被害はない。

ケムトレイルを信じる人たちの中には、「すべての飛行機雲はすぐに消えるはず」と主張しているが、発生のメカニズムと残り方については、日本でも研究がされている。

北海道大学地球物理学研究報告の「飛行機雲の偏波ライダー観測」(播磨屋敏生・本間 晃ら、2003年3月20日)によると、飛行機雲の発生には2通りがある。1つ目は、航空機のすぐ後ろに飛行機雲が作られる直接的方法。2つ目は、航空機の排出物がある程度時間が経過してから核化する間接的方法で、航空機の通過がなければ雲が発生しなかった所に形成された飛行機雲だと解説する。つまり、航空機が通過した直後だけでなく、飛行機雲が「時間差で成長する」こともある。

判定

以上、ケムトレイル説は何度も否定されてきた陰謀論であり、誤りと判定した。

追記

陰謀論の主張と、政府当局や研究者らによる反証はケムトレイルに限らず、いたちごっこのように繰り返されています。そんな陰謀論を信じる人がいるのか、と軽視する人もいますが、実際に問題が発生しています。

MITテクノロジーレビューによると、成層圏で特定の粒子を散布した場合に世界温暖化を緩和できるか確かめる計画を発表したハーバード大学のデビッド・キース教授のもとには、ケムトレイル説を信じる人々から多くの脅迫メールが届き、研究に支障をきたしたといいます。

また、英国航空操縦士協会(BALPA)は英BBCに、「証拠となる根拠がない」ケムトレイル説によって、「誤った理論に気を取られ、本当に重要なことや、さらに研究されるべきと思われる分野から遠ざかってしまう」とも述べています。

陰謀論に全く根拠がないことを示すのは、ときに「悪魔の証明」のように難しいですが、日本ファクトチェックセンターでは、科学的な根拠などを示しつつ検証に取り組みます。

検証:野上英文
編集:古田大輔

修正

見出しの「陰謀論」を「誤り」に修正し、前文に「誤り」と加えました。(2023年3月29日)

MITテクノロジーレビューの記事リンクを英語サイトから日本語サイトに変えました。(2022年9月30日)


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

もっと見る

ファクトチェックとは【JFC用語解説】

ファクトチェックとは【JFC用語解説】

ファクトチェックとは「事実の検証」を意味します。政治家や著名人の発言、ソーシャルメディア上で拡散する真偽不明の情報などを対象に、客観的・科学的な根拠に基づいて、事実かどうかを検証します。 詳しくはこちら ファクトチェックとは 定義・ルール・手法を解説ファクトチェックとは「事実の検証」を意味します。不確かな情報、根拠のないデマ、陰謀論などが広がる中で、客観的・科学的な根拠に基づいて事実を確認し、拡散している言説が正確かどうかを判定します。 「意見は人それぞれ」「何が事実かを誰かが決めて良いのか」などの批判もあります。ここではファクトチェックとは何かについて、国際ファクトチェックネットワーク( International Fact-checking Network, IFCN)などの規定も参考にしつつ解説します。 ファクトチェックの国際的なルール ファクトチェックは世界中で実施されており、国際的に認められた一定のルールが存在します。 世界のファクトチェックをリードするIFCN IFCNは世界最大のファクトチェック団体の連合組織で、米ジャーナリズム研究機関ポインター研究所に本拠を置いてい

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
中国人ビザが無効に?強制送還作戦の開始? 情報はソーシャルメディアのみ【ファクトチェック】

中国人ビザが無効に?強制送還作戦の開始? 情報はソーシャルメディアのみ【ファクトチェック】

48時間で中国人のビザ4万2千件が無効になり、「大規模な強制送還作戦が始まった」などと主張する投稿が拡散しましたが、誤りです。政府は、外国人のビザ発行手数料を値上げする方針だと報じられていますが、中国人のビザを取り消すという発表も報道もありません。 検証対象 拡散した言説 2025年11月11日、「わずか48時間で4万2千件の中国人ビザが無効化に!! 日本史上最大の強制送還作戦が始まった!!」などと主張する投稿がThreadsで拡散した。 検証する理由 11月13日現在、投稿には4万の「いいね」が付き、表示は38万回を超える。 投稿には「フェイクニュースやめてほしい」などの指摘もあるが、「ガンガン送り返して欲しいし生活保護とかも打ち切りでお願いしまーす!」や「素晴らしいことです。激しく支持致します!」など、同調するコメントが多い。 検証過程 同様の情報はソーシャルメディアの投稿のみ 拡散した投稿は「わずか48時間で4万2千件の中国人ビザが無効」などと主張している。 「48時間 4万2千 中国人 ビザ」でGoogle検索すると、最上位に「

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
国連アジェンダ2030は「新世界秩序」への布石? 繰り返し拡散する根拠のない陰謀論【ファクトチェック】

国連アジェンダ2030は「新世界秩序」への布石? 繰り返し拡散する根拠のない陰謀論【ファクトチェック】

国連が2015年に採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」は「世界統一政府」や「国家の終焉」などのいわゆる「新世界秩序」を目指すものだと示唆する投稿が拡散しましたが、誤りです。「新世界秩序」はSNSで繰り返し拡散している根拠のない陰謀論です。 検証対象 拡散した言説 2025年11月8日、「今起こっていることすべて、本当にすべてがこれにつながっています。新世界秩序」という文言付きの画像がXで拡散した。 添付された画像には国連の旗とともに「国連アジェンダ2030ミッション目標」として、「世界統一政府」「国家の終焉」「世界統一軍」など25項目が列挙してある。 検証する理由 11月10日現在、投稿は2600回以上リポストされ、表示は30.8万件を超える。 投稿には「ここに書かれている 新世界秩序というのは本当に国連が発表したものですか?」と疑問を呈するものもあるが、多くは「陰謀論と言われてたのが真実だったと」や「グレートリセットですか?」など、同調するコメントだ。 このいわゆる「新世界秩序」論は、これまでにも繰り返し拡散している。 検

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
宮城県知事選で投票用紙が盗まれる?選挙不正? 選挙経費の紛失と誤認か【ファクトチェック】

宮城県知事選で投票用紙が盗まれる?選挙不正? 選挙経費の紛失と誤認か【ファクトチェック】

2025年10月26日に投開票された宮城県知事選について「投票用紙が盗難」「期日前投票が30倍と言われる選挙で10ポイント程度も下がるなんて統計的にもおかしい」などと選挙不正を示唆する投稿がThreadsで拡散しましたが、誤りです。県選挙管理委員会は日本ファクトチェックセンター(JFC)の取材に「投票用紙の盗難はなかった」と答えています。 検証対象 拡散した言説 2025年11月3日、「宮城県民は和田さんを当選させていた」「投票用紙が盗難」「期日前投票が30倍と言われる選挙で10ポイント程度も下がるなんて統計的にもおかしい」などと、選挙で不正があったかのような投稿がThreadsで拡散した。 検証する理由 11月10日現在、投稿には4900を超えるいいねがつき、表示は4万回を超える。 投稿には「投票用紙が盗難て事実ですか!?」という指摘の一方で、「投票用紙盗難はやり直しすべき!」や「絶対不正。間違いない。盗難の捜査は?これだけ不正あるんだから選挙のやり方変えるべき!!」など、同調するコメントが多い。 検証過程 宮城県選管「投票用紙の盗難は認

By 根津 綾子(Ayako Nezu)

ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は11月28日(土)午後5時~6時30分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei1128.peatix.com/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にど

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
JFCファクトチェッカー認定試験

JFCファクトチェッカー認定試験

日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)