IAEA、汚染水のろ過性能を検証していない?【ファクトチェック】

IAEA、汚染水のろ過性能を検証していない?【ファクトチェック】

福島第一原発からの処理水の海洋放出をめぐり、「国際原子力機関(IAEA)が汚染水を処理する多核種除去設備(ALPS)の性能を検証していない」という言説が拡散しました。IAEA自体は、直接ALPSの性能を検証していないので、この言説はほぼ正確ですが、処理水の環境への影響は調査しています。

検証対象

2023年8月24日、「国際原子力機関(IAEA)が汚染水のろ過性能を検証していない」という言説が拡散した(例1例2)。例1は2023年10月30日時点で、32万回以上の表示回数と3700件以上のリポストを獲得している。

検証過程

まず、拡散したポストは「汚染水」としているが、これは「処理水」のことだ。福島第一原発から放出されている処理水について、日本ファクトチェックセンター(JFC)は、7月19日に公開したファクトチェックまとめで詳しく解説している。

今回拡散した、処理水の「ろ過性能を検証していない」という言説は、リンク先の記事を元にしている。記事は韓国のハンギョレ新聞が2023年7月12日に掲載したものだった。この記事によると、2013年3月から2021年8月に5回遂行された福島第一原発の廃炉措置に対するIAEAの報告書にALPSの性能検証は含まれておらず、IAEAは、2013年に福島第一原発で稼働し始めた多核種除去設備(ALPS)の性能を現在に至るまで検証していなかったという。

ALPSのろ過性能は検証していない

JFCは、ALPSの性能検証や処理水の検査についてIAEAに取材した。

IAEA広報担当によると、IAEAは確かにALPSのろ過性能そのものは検証していないという。IAEAの安全性評価について、「処理技術の選択とその性能は、国際的な安全性基準への適合性を評価するための重要な要素ではなかった」という。

その理由について「東京電力がALPS処理水の放射線濃度を測定しており、そもそも放射線濃度が規制基準を下回らなければALPS処理水は放出されない」ため、「ALPSの処理プロセスの性能そのものは、放出の安全性の懸案事項ではない」と説明した。

処理水の安全性に関する独自の調査を実施

他方で、処理水放出の安全性を評価するために「独自のサンプリング調査と分析に基づく裏付け作業」を実施している。また、「東京電力およびその他の関連する機関が使用したサンプリングおよび分析方法の評価」も実施すると回答した。

さらに、IAEAは処理水排出に関する東電の能力について「5月31日公表の報告書の通り、東電は測定と技術力において高いレベルの正確性を有している」と評価した。

この報告書では、「IAEAも、参加した第三者検査機関のいずれも、有意なレベルの追加的な放射性核種を検出しなかった」ことがわかっている。

IAEAは、処理水放出に関する安全性評価の一環として、福島第一原発内のIAEA事務所の専門家らが、放出したALPS処理水を独自にサンプリングしており、今後も処理水のモニタリングと評価を続けていくとしている。

判定

IAEAは、ALPS処理水が放出前に放射線濃度の規制基準を下回ることを前提に、ALPS自体の性能を検証してこなかったことをJFCの取材で認めた。ただし、ALPS処理水のモニタリング調査をすることで環境への影響をモニタリングしている。したがって、「IAEA、汚染水をろ過するALPSの性能検証を一度もしていなかった」は、ほぼ正確と判定した。

あとがき

今回の言説自体はほぼ正確です。IAEAがALPSの性能を検査していないのには理由があります。それは、①処理水は放出前に東電が検査して規制基準を下回らなければならない、②下回っていなければ、下回るまで処理する、③IAEAは東電の検査の正確性を評価している、④IAEAは独自に放出後の処理水についてサンプリング・分析をしている、という点です。

「IAEAがALPSのろ過性能を検証していない」という言説自体がほぼ正確だとしても、それを理由に処理水の海洋放出は危険だという言説は誤っていると言えるでしょう。

検証:高橋篤史、住友千花
編集:藤森かもめ、野上英文、宮本聖二、古田大輔

処理水をめぐるファクトチェックまとめ

福島第一原発の処理水と汚染水の違いは何?海洋放出は危険?【ファクトチェックまとめ】
日本政府が夏ごろに始める方針を示している福島第一原発の処理水の海洋放出に関して、国内外で不確かな情報が拡散しています。処理水とは何か。環境への影響は。ファクトチェックのポイントをまとめました。 ※新たな誤情報の検証を更新していきます(最終更新2023年12月13日)。 参照資料は、各省庁や東京電力から、また、2023年7月4日に公開された国際原子力機関(IAEA)の「福島第一原子力発電所ALPS処理水の安全審査に関する包括的報告書(以下、IAEA報告書)」などです。 処理水か汚染水か 2011年3月11日の東日本大震災による津波で、福島第一原発ではウラン燃料を冷やすことができなくなる事故が起きました。燃料は格納容器内で溶け、今も温度を下げるための冷却水をかけ続けています。使用された水は放射性物質で汚染され、雨水などと混ざって毎日約90トンずつ増えています。これを「汚染水」と呼びます。 汚染水は原発の施設内に並ぶ1000基を超える巨大タンクに貯められますが、2024年の前半にはタンク容量に限界が来る見込みです。日本政府は、トリチウムを除く62種類の放射性物

検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

「ファクトチェックが役に立った」という方は、シェアやいいねなどで拡散にご協力ください。誤った情報よりも、検証した情報が広がるには、みなさんの力が必要です。

X(Twitter)FacebookYouTubeInstagramなどのフォローもよろしくお願いします。またこちらのQRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、真偽が気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

斎藤知事は「全国知事会議」の出席率36%? 2つの会議を混同【ファクトチェック】

斎藤知事は「全国知事会議」の出席率36%? 2つの会議を混同【ファクトチェック】

兵庫県の斎藤元彦知事が、百条委員会の尋問を欠席して政府主催の全国知事会議に出席すると報じられました。この件について「斎藤知事のこれまでの全国知事会議出席率=36%」という主張が拡散しましたが、誤りです。全国の知事が集まる会議には、斎藤知事が今回出席する政府主催の「全国都道府県知事会議」と、全国知事会が主催する「全国知事会議」があり、拡散した表は全国知事会主催の出欠です。斎藤知事1期目の全国都道府県知事会議への出席率は約7割です。 検証対象 2024年11月19日、「斎藤知事のこれまでの全国知事会議出席率=36%」という投稿が拡散した。投稿には「全国知事会議 知事出席状況」という表が添付され、斎藤知事は1期目の2021年8月30日から2024年8月2日までの11回中4回出席(出席率36%)したことになっている。 投稿は2024年11月22日時点で約6000件のリポストと約230万件のインプレッションを獲得している。 「今まで通り休むべき。百条委員会の方が大切だ」「2期目当選して最初の知事会、最優先に決まってるやろ」と賛否のコメントが付く一方で、「今回は政府主

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
「(斎藤知事の)パワハラはなかった」と百条委の委員長が発言? 前後の文脈を無視した切り取り動画【ファクトチェック】

「(斎藤知事の)パワハラはなかった」と百条委の委員長が発言? 前後の文脈を無視した切り取り動画【ファクトチェック】

兵庫県知事選で再選した斎藤元彦知事をめぐって、百条委員会(調査特別委員会)の奥谷謙一委員長が「パワハラはなかった」と発言したという動画付きの言説が拡散しましたが、不正確です。拡散した動画は発言の一部を切り取ったもの。奥谷委員長は拡散した動画の発言後、「厳しい叱責を受けたという人はいたか?」と問われて「整理できていないが、『厳しい叱責を受けたことがある』と答えた人は結構おられたと思う」と説明。パワハラに当たるかどうか評価したいと答えています。 検証対象 2024年11月19日、「奥谷委員長が発言してます。パワハラはなかったと」という言説が拡散した。 添付された25秒間の動画では、奥谷委員長が記者から、この日の証人尋問に呼ばれた6人について「パワハラを受けたという人は何人いるのか」という質問を受け、「私の認識では明確に知事の方からパワハラを受けたという方はいらっしゃらなかった」と答えている。 2024年11月20日現在、この投稿は180件以上リポストされ、表示回数は32万回を超える。投稿について「これが正解」「まだ言うかね」というコメントがつく一方で、「そんな

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
アメリカでは帰化して三世代おかないと政治家になれない? 大統領や連邦議会議員に親の国籍は関係ない【ファクトチェック】

アメリカでは帰化して三世代おかないと政治家になれない? 大統領や連邦議会議員に親の国籍は関係ない【ファクトチェック】

「アメリカでは帰化して三代、間におかないと政治家になれない」という言説が拡散しましたが、誤りです。大統領や連邦議会上下院議員になるために、年齢や在住期間の規定はありますが、親の国籍は関係ありません。また、添付画像は日本に関する「帰化した国会議員」のリストですが、実際に帰化した人物はわずかで、ほとんどが誤ったものです。 検証対象 2024年11月3日、X(旧Twitter)で「米国では帰化してから3代間にないと選挙に出られない、つまり政治家になれない」という言説が拡散した。11月19日現在、230万以上の閲覧と1万件を超えるコメントがついている。 コメントには「日本も規制した方がいいですね」「日本も帰化3世までは立候補出ないようにする必要がある」などと同調する意見が続く一方で、「米国で、流石に三世代はないです。」という指摘もある。 検証過程 大統領と連邦議会上下院議員の資格要件を調べると、合衆国憲法に規定がある。 米国大統領の資格要件 合衆国憲法では、大統領は年齢35歳以上であること、生まれながらのアメリカ国民であること、最低14年間アメリカに居住

By 宮本聖二
潜在的な国民負担率は62.9%? 過去のデータで現在は改善【ファクトチェック】

潜在的な国民負担率は62.9%? 過去のデータで現在は改善【ファクトチェック】

「財務省『潜在的国民負担率、62.9%に達しちゃった』」という言説が拡散しましたが、ミスリードで不正確です。2020年にはそのレベルに達していますが、現在は改善傾向で50%台です。 検証対象 2024年11月12日、「財務省『潜在的国民負担率、62.9%に達しちゃった』」「1日8時間働いて5時間分は国に取られる。五公五民どころじゃねーな」という言説が拡散した。投稿にはまとめサイトのリンクが添付されている。 2024年11月12日現在、この投稿は1.1万件以上リポストされ、表示回数は185万回を超える。投稿について「財務省が全国民の敵」「働くの馬鹿みたい」というコメントが付く一方で「公式の報道機関やニュースサイトではありません」というコミュニティノートも付いている。 検証過程 国民負担率と潜在的国民負担率 国民負担率とは、国民の所得に占める税金や年金、社会保険料などの負担の割合だ。租税負担率と社会保障負担率を合計したものを国民負担率、これに財政赤字を加えたものを潜在的な国民負担率という(財務省)。 2023年投稿のまとめサイト記事を引用 検証対

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)