南京事件はプロパガンダ映画で嘘?【ファクトチェック】
日中戦争において、1937年に旧日本軍が南京を占領した際に起きた南京事件について「アメリカのプロパガンダ映画でフェイクだ」と主張するツイートが拡散していますが、誤りです。日本政府は外務省ホームページで南京での非戦闘員殺害や略奪を認めており、2015年の安倍晋三首相(当時)の談話など歴代内閣が繰り返しお詫びを表明しています。また、多くの研究者も南京事件を検証しています。
検証対象
「南京事件は米国のプロパガンダ映画だった」というツイートが動画と共に拡散した。添付された動画には「南京大虐殺はアメリカがつくりあげた嘘」という文章とともに、戦争映画のような映像に字幕解説がつけられている。引用を含めたリツイート数は1500回、表示数は18万回を超えている。
リプライ欄には「中国のでっち上げかと思ってたけど、アメリカ発なんですね」「米国が作ったのであれば色々と辻褄があいますね」といった同調するコメントが寄せられている。
検証過程
ツイートに添付された動画は、1944年に公開された映画「The Battle of China(ザ・バトル・オブ・チャイナ)」の一部。独自の字幕など編集が加えられている。動画全編はアメリカ政府に関する記録を公開しているNPO法人「Public.resource.org」のYouTubeから視聴できる。
アメリカのプロパガンダ映画か
はじめに、日中戦争を描いた「ザ・バトル・オブ・チャイナ」が、プロパガンダ映画かを検証する。
「ザ・バトル・オブ・チャイナ」の監督はフランク・キャプラ氏。全編動画の冒頭では「Produced by the WAR DEPARTMENT, SIGNAL CORPS, ARMY SERVICE FORCES for the MORALE SERVICES DIVISION」とあり、アメリカ政府や軍による制作であると示されている。
歴史学者ジョン・ダワー氏は「ザ・バトル・オブ・チャイナ」を含むフランク・キャプラ氏の一連の映画作品「なぜ戦うのか」について、著書『容赦なき戦争』の中で「キャプラと彼のチームがつくった映画群は戦時プロパガンダ映画の古典的名作として今なお生きている」と評している。
「なぜ戦うのか」シリーズは、陸軍参謀総長ジョージ・C・マーシャル氏が、キャプラ氏に要請したもので、主たる目的は、孤立主義(ヨーロッパの戦争に介入しないという考え)と戦うものだった、とダワー氏は著作の中で指摘している。
つまり、検証対象のツイートにある動画はプロパガンダ映画だと言える。
南京事件はアメリカの捏造か
次に検証対象のツイートにある「南京事件はアメリカが作り上げた嘘!!」について検証する。
南京事件に対する日本政府の見解は、外務省ホームページ「歴史問題Q&A」に、以下のように書かれている。
問6「南京事件」に対して、日本政府はどのように考えていますか。
1.日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。
2.先の大戦における行いに対する、痛切な反省と共に、心からのお詫びの気持ちは、戦後の歴代内閣が、一貫して持ち続けてきたものです。そうした気持ちが、戦後50年に当たり、村山談話で表明され、さらに、戦後60年を機に出された小泉談話においても、そのお詫びの気持ちは、引き継がれてきました。
3.こうした歴代内閣が表明した気持ちを、揺るぎないものとして、引き継いでいきます。そのことを、2015年8月14日の内閣総理大臣談話の中で明確にしました。
この3にある2015年の内閣総理大臣談話とは、安倍元首相が2015年8月14日に発表した「戦後70年談話」。南京に直接触れる文言はないものの、中国を含む周辺諸国に関して以下のように述べている。
戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
また、こうも記している。
我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。
こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。
2005年4月の日中外相会談で提案され、2006年10月の安倍首相と胡錦濤国家主席(両者とも当時)による日中首脳会談での合意で立ち上げられた「日中歴史共同研究(外務省HP)」では、2010年に公開された論文で南京事件についてこう説明している。
中支那方面軍は、上海戦以来の不軍紀行為の頻発から、南京陥落後における城内進入部隊を想定して、『軍紀風紀を特に厳粛にし』という厳格な規制策(『南京攻略要領』)を通達していた。しかし、日本軍による捕虜、敗残兵、便衣兵、及び一部の市民に対して集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦、略奪や放火も頻発した。日本軍による虐殺行為の犠牲者数は、極東国際軍事裁判における判決では 20 万人以上(松井司令官に対する判決文では 10 万人以上)、1947 年の南京戦犯裁判軍事法廷では30万人以上とされ、中国の見解は後者の判決に依拠している。
(中略)
日本軍による暴行は、外国のメディアによって報道されるとともに、南京国際安全区委員会の日本大使館に対する抗議を通して外務省にもたらされ、さらに陸軍中央部にも伝えられていた。その結果、38 年 1月4日には、閑院宮参謀総長名で、松井司令官宛に『軍紀・風紀ノ振作ニ関シテ切ニ要望ス』との異例の要望が発せられたのであった。
つまり、日中共同研究には、以下のことが記されている。
- 日本軍による暴行は陸軍中央部に伝えられていた
- 日本軍による暴行は戦争当時から外国メディアによって報じられていた
検証対象の添付動画は、オリジナル動画にはない内容が字幕としてつけられている。そのうち、「海外メディアは事件を報じなかった」などの内容は、この共同研究と矛盾している。
笠原十九司・都留文科大学名誉教授の寄稿
南京事件とプロパガンダ映画について、さらに詳細を知るため、日本ファクトチェックセンター(JFC)は、日中戦争と南京事件を長年研究してきた笠原十九司・都留文科大学名誉教授に寄稿してもらった。
「The Battle of Chinaが示すものとは」(以下、寄稿文)
The Battle of China はアメリカのWar Department(当時の陸軍省)が制作した戦争プロパガンダ映画です。
今回、JFCが検証対象にしている「アメリカ兵に日本兵の残虐性を植え付ける為に作られました。監督は現地に行きましたが一切日本兵の残虐行為を見つける事ができずフェイク映画を作成し、戦後、南京の戦争という映画がそのまま中国共産党に渡り反日フィルムとして使われています」という言説は全くの誤りといえます。
The Battle of Chinaという映画のタイトルは、日本の侵略と戦う「抗日の中国」を意味しています。日本の中国侵略に対して、中国の国民党と共産党が合作して抗日民族統一戦線を結成し、これに広範な中国民衆が参加して日本軍と戦う。さらに中国と同盟国のアメリカ、イギリスなどの連合国が抗日中国を支援し、日本軍に反攻していく展開を描いています。
プロパガンダ映画の制作目的は、日本と戦う中国に連合国や世界諸国が兵器や物資を援助して、中国に最後の勝利(米英など連合国の勝利でもある)を収めさせようと宣伝(プロパガンダ)するためでした。
JFCの検証対象の言説には「監督は現地に行きましたが一切日本兵の残虐行為を見つけることができず、フェイク映画を作成」とありますが、これも誤りです。
The Battle of Chinaには南京を攻撃した海軍航空隊の爆撃機が避難するアメリカ大使館員とアメリカ人、外国人ジャーナリストが乗ったアメリカ砲艦パナイ号を撃沈する場面があります。とても監督が現地に行って撮影できる状況ではありませんでした。
The Battle of Chinaの南京事件の場面は、3種類のフィルムを使っています。一つは攻撃する側の日本側の記録フィルム、二つ目は南京の国際難民区を設定して南京市民を日本軍の虐殺から守るために南京に残ったイギリス人宣教師ジョン・マギーが日本軍に隠れながら撮影したフィルム、三つ目は、香港で作成された南京事件の映画のフィルムです。
ジョン・マギーが撮影したのは、日本軍に暴行され、難民区の病院に運ばれた負傷者の姿です。このフィルムは、ジョージ・フィッチという宣教師が密かにアメリカに持ち帰り、「China Invaded(侵略された中国)」という記録映画に編集されました。
フィッチはこの映画を上映しながら全米を講演旅行し、南京事件の犠牲者の救済を訴えました。このマギーの南京事件記録フィルムは「The Battle of Chinaはアメリカが南京大虐殺を作りあげた」という言説が全くの誤りであることを証明するものです。
The Battle of Chinaで香港の映画が使われている部分は、市民が引きずられ、掘った穴に埋められて殺害される場面や、死んだ夫を抱えて泣いている女性の場面です。
これが映画だと分かるのは、戦場において、兵士が虐殺している最中の場面は、現場の兵士たちが絶対に撮影させないからです。民衆殺害中の現場を撮影すれば、証拠隠滅のためにカメラマンも殺害されるでしょう。
The Battle of Chinaの一部にとどまる南京事件の描写に、香港制作映画のフィルムから数場面が使われたことを取り上げ、「このアメリカ映画で南京大虐殺という嘘が作りあげられた」という言説が誤りであることは、実際にThe Battle of Chinaを見れば、一目瞭然です。
判定
検証動画は日中戦争を描いたプロパガンダ映画「ザ・バトル・オブ・チャイナ」の一部だが、オリジナル動画にはない日本語字幕が付けられている。日本政府は南京事件について、「非戦闘員の殺害や略奪は否定できない」としており、歴代内閣もその姿勢を維持している。また、日中両国の研究者によって2010年に公開された論文では、南京事件が詳しく検証されている。以上のことから、「南京事件はプロパガンダ映画で嘘」という言説は誤り。
あとがき
南京事件は事実と認められている一方で、その死者数については現在も様々な説があります。検証過程で挙げた日中共同歴史研究の論文では、日本側の研究では20万人を上限に、4万人、2万人などさまざまな推計がなされており、極東国際軍事裁判では20万人以上、南京戦犯裁判軍事法廷では30万人以上などと様々な推計があることが示されています。
数字が異なる背景としては「『虐殺』(不法殺害)の定義、対象とする地域・期間、埋葬記録、人口統計など資料に対する検証の相違が存在している」と説明しています。
参考文献
1 笠原十九司『南京事件』 岩波新書、1997年
2 笠原十九司『南京難民区の百日―虐殺を見た外国人』 岩波現代文庫、2005年
3 笠原十九司『増補 南京事件論争史―日本人は史実をどう認識してきたか』 平凡社ライブラリー、2018年
4 小野賢二・藤原彰・本多勝一編『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち―第十三師団山田支隊兵士の陣中日記』 大月書店、1996年
5 井口和起・木坂順一郎・下里正樹編集『南京事件 京都師団関係資料集』青木書店、1989年
6 南京戦史編集委員会『南京戦史資料集』 偕行社、1989年
7 南京戦史編集委員会『南京戦史資料集Ⅱ』 偕行社、1993年
8 ジョン・W. ダワー 『容赦なき戦争』 平凡社、 2001年
検証:リサーチチーム
編集:古田大輔、宮本聖二、藤森かもめ、野上英文
検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。
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