JFCファクトチェック講座2 :検証は効果あり 検索やAIにも反映される
ファクトチェックは、どんな情報でも検証できるわけではありません。初回に説明したように、意見や憶測ではなく「提示された事実」だけが対象ですし、数量的なデータや信頼性の高い証拠がなければ検証は困難です。
それだけ限定された手法ながらも必須と言えるのはなぜか。検証可能なはずの偽情報/誤情報が蔓延し、信じてしまう人たちがいるからです。インフォデミック(情報汚染)とも呼ばれる現状について、ファクトチェックが役立つことを示すデータとともに解説します。
多くの人が偽情報/誤情報に接している
国際大学GLOCOMによる調査「Innovation Nippon 2022: わが国における偽・誤情報実態の把握と社会的対処の検討」は、2021年1~10月にファクトチェックされた偽情報/誤情報12件(コロナワクチン関連6件、政治関連6件)について、それぞれ、どれだけの人がそれらを目にし、正しい情報と信じたかを調べています。
「コロナワクチンを打つと不妊になる」「選挙機材大手『ムサシ』の大株主が安倍晋三元首相であり、不正が行われやすくなっている」など、保守・リベラルのバランスにも配慮して選ばれた12件の誤った情報に関して、一つでも触れた人は、コロナワクチン関連で37.1%、政治関連で11.5%でした。この間、コロナワクチンへの関心が非常に高かったことが、この差に影響しているでしょう(n=19989)。
実際には12件どころか、あらゆる場所に無数の偽情報/誤情報が溢れています。ネットだけでなく、新聞やテレビ、書店、街中の看板や口コミも例外ではありません。その中の12件だけでも、これだけの人が目にしているのであれば、偽情報/誤情報全体への接触率はさらに高いはずです。
偽情報/誤情報に接した人は、どれだけ信じるかも見てみます。
間違った情報を信じる人はこれだけいる
こちらの結果についても、コロナワクチンと政治で大きな差が出ました。
コロナワクチン関連:誤った情報を「正しい情報だと思う」と答えた人は24.3%、「わからない・どちらともいえない」32.2%。「誤った情報・根拠不明だと思う」43.4%。(n=8177)
政治関連:誤った情報を「正しい情報だと思う」と答えた人は41.1%、「わからない・どちらともいえない」38.7%。「誤った情報・根拠不明だと思う」20.3%。(n=2920)
コロナワクチンに関しては、国内でも新聞やテレビを含め、多くの報道機関が誤った情報を検証しました。また、政府も積極的にワクチンの安全性などを広報しました。一方で、政治関連の情報をファクトチェックする機関は少ないことが、このような結果の一因となっていると考えられます。
例えば、「トリチウムのゆるキャラが電通に3億700万円で発注されていた」という言説は、InFactによって誤りだとファクトチェックされています。事業予算を確認すれば、すぐに検証できるにも関わらず、この言説を正しいと思った人は49.3%に上ります。
「長野五輪で中国人5000人が集合し、暴動になった」を正しいと思った人は48.4%。「選挙機材大手『ムサシ』の大株主が安倍晋三元首相であり、不正が行われやすくなっている」も39.7%が正しいと考えました。
検証が可能な偽情報/誤情報をこれだけの人が信じてしまう。では、ファクトチェックはそういう状況を改善する効果があるんでしょうか。
ファクトチェックでTwitterが激変
自分が信じている内容を「間違っている」と指摘されると、反発して、より強固に信じてしまう「バックファイア効果」があるとも指摘されています。私自身も「ワクチンは毒だ」という情報を信じて夫婦で意見が分かれた人達に取材をして、同じような状況を目にしたことがあります。
では、効果はないのか。これについても、Innovation Nippon 2022に興味深いデータがあります。ファクトチェックによって、新型コロナ関連の誤った情報の拡散が止まった事例です。
Twitterで2021年3月15日に「ワクチンの添加物で肝臓が空洞化」という情報が、同月16日に「菅首相が打ったワクチンは偽物」という情報が拡散しました。そして、BuzzFeed Japanがファクトチェックし、両方の情報が誤っていることを4月15日に記事にしています。
ワクチンの添加物に関するツイートは、ファクトチェック前は1788件の100%が「肝臓が空洞化」を肯定する内容でしたが、ファクトチェック後は5766件の99.93%が否定する内容に変わりました。
菅首相に関するツイートは、ファクトチェック前は499件のツイートの94.99%が「ワクチンは偽物」という情報を肯定しましたが、ファクトチェック後は4810件の99.79%が否定しました。
Innovation Nippon 2022の報告書では「Twitter空間は一般的な世論とは異なり、『書きたい人だけ』が書いているものであるので、以上の分析をもってファクトチェックの効果が大であるとだ断定することはできない」と指摘しています。しかし、一定の効果があるとは言えるでしょう。
特に偽情報・誤情報に対して「わからない・どちらともいえない」と反応する3割強の人たちに、データに基づいた検証記事を提供することは効果が高いと考えられます。
JFCの記事でもはっきりと効果が出た事例があります。例えば、伝統的な陰謀論として知られる「ケムトレイル」に関するファクトチェック記事です。
検索結果やAIにも検証は反映される
ケムトレイルとは、ケミカル(化学物質)とトレイル(痕跡)から来ている単語で、「空に長時間残っている飛行機雲は、実は人口削減などの目的で航空機から散布されている有害な化学物質だ」などという陰謀論です。
科学的な根拠はなく、これまでにも何度も否定されてきましたが、ソーシャルメディアの時代になって飛行機雲の写真とともに再び拡散されるようになりました。特に新型コロナウイルスの流行とともに、陰謀論が力を持つようになり、ケムトレイル論も息を吹き返しています。
あまりに荒唐無稽なためか、これまで報道機関がケムトレイルについて検証することはありませんでした。その結果、「ケムトレイル」という不思議な言葉を目にした人が気になってGoogle検索をすると、トップページにケムトレイル陰謀論を肯定する記事が並ぶ、という現象がありました。
JFCが2022年9月に「『(ケムトレイル)政府が飛行機雲で有害物質を空から散布している』は誤り」という記事を公開してからは、この記事が検索結果のトップに並ぶようになり、毎月、数万の表示回数、数千のクリック数があります。「ケムトレイルは陰謀論だ」という情報を継続的に伝えられるようになりました。
また、世界中で話題になっているAIによる回答にも、ファクトチェックは反映されます。実際に、日本ファクトチェックセンター(JFC)のコンテンツが活用される事例もすでに存在します。
「安倍首相が被災地を訪問した様子は合成写真」という偽情報は、何年も拡散を繰り返しています。しかし、JFCが2023年3月にファクトチェック記事を出したことによって、その内容をマイクロソフトBingのAIチャットが引用するようになりました。
安倍首相の被災地写真のように、偽情報/誤情報は何度も繰り返して拡散するのが特徴です。一度、ファクトチェック記事を出しておけば、ソーシャルメディア上でデマが再拡散したとしても、誰かが「それはもう検証されてるよ」とファクトチェック記事のリンクをシェアしてくれます。過去7年間の活動で、ファクトチェックには不正確な情報が拡散すること防ぐワクチンのような効果があることを実感しています。
これだけの力があるファクトチェックですが、あまり実践されていません。次回は、誰でもすぐに実践できる「検証の4ステップ」と効率的な「ラテラル・リーディング(横読み)」を紹介します。
講座目次
- 意見や推測ではなく事実を検証する
- 検証は効果あり 検索やAIにも反映される
- 検証の4ステップ 「横読み」で効率的に
- 実践的な検索技術 効率的にソースを探す
- 画像の検証 GoogleレンズとTinEye
- 動画の検証 InVIDとYouTube検索
- AIコンテンツの検証 細部を見る
- 公開情報こそ重要 OSINT技術を使いこなす
- 国際的な標準ルール 透明性を確保する
筆者略歴
検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。
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