フェイクニュースと生成AI 識別不可能な脅威と海外からの影響工作【JFCファクトチェック講座 理論編10】

フェイクニュースと生成AI 識別不可能な脅威と海外からの影響工作【JFCファクトチェック講座 理論編10】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。

理論編第9回はオンライン詐欺とその対策についてでした。第10回は影響力を増す生成AIと海外からの情報工作について説明します。

(本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています)

現実に見える動画が生成AIで作られる

OpenAIの新技術「Sora」で作成した、夜の東京を歩く女性の映像。一見して、現実の映像と区別がつかないほどの精度です。

ただ、背景をよく見ると看板に書かれている文字が意味不明です。生成AIにはこのように細部の描写が苦手という弱点がありますが、技術の進化が加速していることから、いずれは人間の目では判別不可能になるでしょう。

これらの技術は政治家の発言の捏造や詐欺に悪用されています。誰でも一瞬で精巧な嘘を大量に作れるようになったことで、検証はますます困難になりました。

日本でもすでに広がる生成AIによる偽情報

日本で最初に有名になった事例は2022年9月26日、X(旧Twitter)に投稿された写真でした。「ドローンで撮影された静岡県の水害」と書かれていましたが、実際は生成AIで作った画像でした。

ドローンで撮影された静岡県の災害画像? AIディープフェイクの見分け方【ファクトチェック】
台風15号による記録的な大雨に見舞われた静岡県をドローンで撮影したとする画像がTwitter上で拡散しています。しかし、これはAIで作られた画像で、後から投稿者も偽画像だと認めています。AI作成の画像を見抜くポイントの解説とともに検証します。 検証対象 2022年9月26日、Twitterアカウント「くろん」(@kuron_nano)が静岡県の台風15号による被害について、多くの建物が水没している3枚の画像と共に、「ドローンで撮影された静岡県の水害。マジで悲惨すぎる…」と投稿した。 引用リツイートには「こんなに酷いんだ」「これスルーて、国葬の為にしてるとしか思えないじゃん!」などと本物の写真だと受け止めるコメントがついたが、同日夕方、投稿者自身が「AIで作った偽の画像だ」と認めた。 その後は「偽情報流すな」「ふつーに騙されてしまった!」「ぱっと見わからん」などのコメントもついた。BuzzFeedJapanのファクトチェック記事も「虚偽画像が拡散」と報じている。 検証過程 画像を検索してみる Googleレンズで1枚目を検索すると、洪水の写真は出て

また、2023年11月には岸田文雄首相が卑猥な内容を話す動画がニコニコ動画に投稿されました。日テレNEWS24のロゴがついていましたが、これも生成AIで画像と音声を作ったものでした。

岸田首相に関する偽の画像や動画が相次ぎ拡散
岸田文雄首相が映る画像や動画を使った偽情報がSNSなどで数多く広がっています。加工や発言の切り抜きによる悪用で、注意が必要です。 加工された画像 2024年2月12日、岸田首相がアメリカ政府の高官と対談しているかのような画像が投稿され拡散した。13万以上の閲覧数となっている。 この投稿には、「この写真初めて見た ヌーランド(米国務次官)と岸田」とコメントがつき、引用リポストには「この一枚が、すべてを語っています」といった書き込みもある。 この画像は加工されたものだ。元の画像は2022年4月のビクトリア・ヌーランド米国務次官(右から二人目)とブラジルのカルロス・フランサ外務大臣が面会した際の写真で、米国務次官の公式アカウントが投稿している。偽の画像は、右のフランサ氏を岸田首相に加工している。 偽の画像は、二人の間に電話らしきものがなく、岸田首相とヌーランド国務次官の間に、奇妙な線のようなものが写っている。岸田首相の指も不自然だ。 この画像は、NHK も検証し、同様のポイントで偽画像と結論づけている。 加工された動画 2023年11月、岸田首相が正

進化する生成AIにどう対応するか

2022~3年ごろの生成AIによる画像や動画は、細部の描写や口と歯の動きなどを見れば、違和感を持てるレベルでしたが、Soraで見たように技術は進化しています。

ユーザーである我々一人一人が、この映像/画像/音声/文字情報はAI生成かもしれないと考える注意深さ=クリティカルシンキングを実践する必要があります。

そして、大量の生成AIによる情報に対して意は、検証する側もAIを活用したり、AI生成のコンテンツには目印をつけるなどのルール設定も必要になるでしょう。

国家レベルの影響工作

もう一つ注目されるのが、国家レベルの影響工作、情報工作です。

2024年1月、台湾総統選挙が実施されました。台湾AIラボがこの期間にTikTokを分析してみたところ、中国に関連する主だったコンテンツの62%が中国による台湾統一を肯定するような、中国に対して好意的な内容で、逆に、台湾に言及するコンテンツは95%が与党・民進党が台湾を破滅させるというような台湾に否定的な内容だったという調査結果を公開しました。

私(古田)は台湾で偽情報対策を担当しているローピンチェン大臣にインタビューしました。ロー大臣は「問題は偽情報だけではない。情報工作全体が民主主義に影響を与える脅威である」と語りました。

個別の偽・誤情報だけでなく、様々な情報がどう語られているか、そのナラティブが民主主義に影響を与えている、ということです。

中国からの偽情報対策、TikTokの不自然なデータ 台湾大臣「選挙に影響」
中国からの情報工作に神経を尖らせる台湾では、ファクトチェック、メディアリテラシー、法的なルール設定など包括的な誤情報/偽情報対策に取り組む。日本ファクトチェックセンター(JFC)は、政府で偽情報対策を包括的に担当する羅秉成(ロウ・ピンチェン)無任所大臣に話を聞いた。 選挙への偽情報の影響「多くは中国から」 ──台湾総統選は世界的な関心を集めました。特に偽情報の拡散と中国からの影響への注目が高かったですが、実際にはどのような影響があったのでしょうか。 「明確な指標を示すのは難しいが、私たちは偽情報が選挙にある程度影響したと分析しています。その多くは中国からです」 ──具体的なデータはありますか。 「様々なデータがありますが、例えば、(民間研究機関の)台湾AIラボがTikTokについて分析したところ、中国に関連して拡散した主なコンテンツの62%が中国に対して好意的で中国による台湾統一を肯定する内容でした。逆に台湾に言及するコンテンツの95%が否定的で、民進党が台湾を破滅させるなどのものでした。次期総統に選ばれた民進党の賴清徳(ライチントー)氏に対しては67%

日本でも福島第一原発をめぐって影響が

影響工作は対岸の火事ではありません。

2023年8月に始まった福島第一原発からの処理水の海洋放出は世界的な注目を集め、国内外で賛否の声が広がりました。こういった状況では、必ずといっていいほど偽・誤情報が拡散します。JFCはそれらをまとめて検証してきました。

福島第一原発の処理水と汚染水の違いは何?海洋放出は危険?【ファクトチェックまとめ】
日本政府が夏ごろに始める方針を示している福島第一原発の処理水の海洋放出に関して、国内外で不確かな情報が拡散しています。処理水とは何か。環境への影響は。ファクトチェックのポイントをまとめました。 ※新たな誤情報の検証を更新していきます(最終更新2023年12月13日)。 参照資料は、各省庁や東京電力から、また、2023年7月4日に公開された国際原子力機関(IAEA)の「福島第一原子力発電所ALPS処理水の安全審査に関する包括的報告書(以下、IAEA報告書)」などです。 処理水か汚染水か 2011年3月11日の東日本大震災による津波で、福島第一原発ではウラン燃料を冷やすことができなくなる事故が起きました。燃料は格納容器内で溶け、今も温度を下げるための冷却水をかけ続けています。使用された水は放射性物質で汚染され、雨水などと混ざって毎日約90トンずつ増えています。これを「汚染水」と呼びます。 汚染水は原発の施設内に並ぶ1000基を超える巨大タンクに貯められますが、2024年の前半にはタンク容量に限界が来る見込みです。日本政府は、トリチウムを除く62種類の放射性物

その中で着目したのは、かなりの数の言説が最初に中国語で拡散し、その後、日本語に翻訳されたり、引用されたりして、国内でも拡散していることです。

イギリスを拠点に偽情報対策に取り組むLogically.という団体が出した2023年のレポートに「日本の処理された核排水の放出を標的にした中国による組織的キャンペーン」というものがあります。

2023年1-8月にかけての調査で、中国共産党系のメディアが処理水放出に批判的な記事を英語や日本語で公開したり、Facebookに多国語で有料広告を掲載したり、中国のSNS「微博」で処理水に関して批判的なハッシュタグが次々とトレンド入りしたりした状況を分析したものです。

日本はどう対応するのか

こうした影響工作に対して、日本政府は2022年12月に国家安全保障戦略を閣議決定し、「外国による偽情報などに対する情報の集約・分析」「対外発信の強化」「政府外の機関との連携の強化」を掲げています。

しかし、「外国による偽情報」は定義が難しい概念です。福島第一原発の処理水の問題でもそうであるように、元々は海外からの発信であっても、日本国内のアカウントが拡散していたり、まとめ記事になっていたりする事例もあります。

また、偽・誤情報の法的規制の強化を議論する際には、誰が情報の正誤を決めるのかが問題になります。政府が乗り出してくれば、言論の自由を脅かす恐れもあります。

SNSプラットフォームに偽情報を管理する法的責任を負わせようと議論もありますが、同じように誰がどうやって正誤を決めるのかという問題が残ります。

意見は異なっても事実の共有は必要

福島第一原発の処理水放出をめぐっては「処理水は浄化処理されているし、環境への影響はモニタリングされているから大丈夫だ」という人もいれば、「国や東電によるモニタリングのデータは信用ならない」という人もいます。

意見は人それぞれあって当然ですが、前提として両者が共有できる事実関係がほとんどないとしたら、議論は成立しません。

極性化が進む危険性

理論編3のアルゴリズムの回でも説明したように、真偽が不確かな大量のネット情報の中で、確証バイアスやフィルターバブルやエコーチェンバーが作用すると、個々人の意見が強化・先鋭化していく可能性があります。

そういった人たちが増えていき、対立する意見A、意見Bの分断が深まって2極に別れていくような状態を「極性化」と呼びます。

こうなってしまうと、事実の共有が難しくなります。

デジタル時代の市民教育へ

このような危機感は世界的に共有されています。2024年のG20ではサンパウロでオンライン上の誤情報やヘイトスピーチに対抗する戦略について議論がありました。

ユネスコは情報メディアリテラシー教育が、デジタル・シティズンシップ教育の一環であると訴えています。偽・誤情報の蔓延という危機に対して、我々一人一人が民主主義社会を守り育てるために必要な知識を身につけること。これがデジタル時代のシティズン=市民として必要とされています。

次回からは実践編へ

理論編ではファクトチェックの意義や重要性、認知心理学や情報生態系、社会の分断を深めるナラティブの存在などについて解説しました。これらの知識はデジタル時代において非常に役立つものです。

次回からは、具体的な検証技術について解説するファクトチェックの実践編を開始します。

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「(斎藤知事の)パワハラはなかった」と百条委の委員長が発言? 前後の文脈を無視した切り取り動画【ファクトチェック】

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兵庫県知事選で再選した斎藤元彦知事をめぐって、百条委員会(調査特別委員会)の奥谷謙一委員長が「パワハラはなかった」と発言したという動画付きの言説が拡散しましたが、不正確です。拡散した動画は発言の一部を切り取ったもの。奥谷委員長は拡散した動画の発言後、「厳しい叱責を受けたという人はいたか?」と問われて「整理できていないが、『厳しい叱責を受けたことがある』と答えた人は結構おられたと思う」と説明。パワハラに当たるかどうか評価したいと答えています。 検証対象 2024年11月19日、「奥谷委員長が発言してます。パワハラはなかったと」という言説が拡散した。 添付された25秒間の動画では、奥谷委員長が記者から、この日の証人尋問に呼ばれた6人について「パワハラを受けたという人は何人いるのか」という質問を受け、「私の認識では明確に知事の方からパワハラを受けたという方はいらっしゃらなかった」と答えている。 2024年11月20日現在、この投稿は180件以上リポストされ、表示回数は32万回を超える。投稿について「これが正解」「まだ言うかね」というコメントがつく一方で、「そんな

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アメリカでは帰化して三世代おかないと政治家になれない? 大統領や連邦議会議員に親の国籍は関係ない【ファクトチェック】

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潜在的な国民負担率は62.9%? 過去のデータで現在は改善【ファクトチェック】

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