ファクトチェックと「プリバンキング」 偽情報対策はいろいろ【JFC講座 実践編9】

ファクトチェックと「プリバンキング」 偽情報対策はいろいろ【JFC講座 実践編9】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。

実践編第8回は、よく質問されるファクトチェックと調査報道や裏取りとの違いについてでした。第9回は世界のファクトチェック事例や新手法を解説します。

(本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています)

ファクトチェックの多様な事例

ファクトチェックには原則がありますが、同時に、検証対象の選び方や組織のあり方などは多様です。国内外の事例を紹介します。

Factchek.org

ファクトチェック団体としては老舗のFactchek.orgはアメリカ政治に関する偽情報に対応するために、「有権者のための消費者保護センター」を目指して2003年に設立されました。

そのため、主なトピックに並ぶのは「バイデン大統領」「トランプ前大統領」、そして「その他の大統領候補」などアメリカ政治中心です(2024年7月27日現在)。

例えば、「バイデンが不法移民に家賃を支払っているという根拠のない主張」という記事には、見出しに検証対象と検証結果=根拠なしが記され、記事内では検証過程が詳細に記述されています。

Snopes

同じく老舗のSnopesは1994年設立。元々は都市伝説の検証から始まりました。現在は政治経済関連の検証もしますが、むしろ、エンタメ系の話題のファクトチェックが目立ちます。

例えば、「チャップリンは自分自身のそっくりさん大会で負けたことがある?」「スタローンはデニーロが“意識高い系”だからと共演を断った?」などの検証などがあります。

ファクトチェックといえば、政治的・経済的な話題の検証を思い浮かべる人も多いですが、著名人に関する噂話もファンから見れば切実で身近な話題であり、広く拡散します。そのため、公共性を持ちうる話題です。

大手メディアのファクトチェック

The Washington Post

ワシントン・ポストには政治面にファクトチェッカーという特設ページがあり、国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)の認証も得ています。

IFCNの諮問委員の一人でもあるグレン・ケスラー記者を中心に主に政治家の発言を検証し、嘘の代名詞であるピノキオの数で信憑性を判定しています。

IFCN認証を受けたその他の大手メディア

世界3大通信社のAPAFPロイターはいずれもIFCN認証を受けており、それぞれにファクトチェックの特設ページを持っています。

一方で、IFCNの認証を受けずに、独自に情報の検証に取り組む大手メディアも存在します。

BBCの調査報道的なファクトチェック

イギリスの公共メディアBBCも情報の検証に熱心に取り組んでいます。ただし、IFCNの認証は受けておらず、特設ページの名前はBBC Verifyです。

ページを見ると「ウクライナ戦争:NATOの兵士がウクライナで戦っているというロシアの主張をファクトチェック」という風に、IFCNの原則に則った形の一般的なファクトチェック記事もあります。

一方で「ガザの給水施設の半数が損傷または破壊 BBC衛星データで明らかに」という風にデータを駆使した調査報道もあります。

真偽が不確かな状況や言説に対し、データに基づいて客観的な事実を伝えることがBBC Verifyの役割で、ファクトチェックはそのための手法の一つです。

NHKの特設ページ

日本の公共メディアNHKには「フェイク対策」と銘打ったページがあり、こちらで検証記事を積極的に配信しています。

BBCと同様にIFCN認証はありませんが地震などの災害や選挙など、偽・誤情報が広がった際には、様々な検証記事や解説記事などを公開しています。

記事中に検証過程の説明が少なく、根拠へのリンクなどがないために「ファクトチェック」とは呼びにくいですが、偽・誤情報の問題が日本で広く知られる上で大きな力となっています。

科学的な検証のために

医療健康や気候変動など、偽・誤情報が拡散する分野の多くに科学が関係し、検証には科学者の協力が不可欠です。

そのため、世界のファクトチェック団体の中には、科学者が参加していたり、緊密に協力したりしている団体もあります。

カナダのL’Agence Science-Presseは科学専門メディアで、科学が関係するファクトチェックに取り組んでいます。フランスのScience Feedbackは気候変動や医療健康に関する言説を科学的に検証しています。

偽・誤情報を予防する「プレバンキング」

ファクトチェックはすでに拡散した情報の真偽を検証します。それに対して、近年より効果が高いと注目を集めているのが「プレバンキング」と言われる手法です。

「プリ・プレ」で「事前に」、つまり、拡散が予想される偽情報・誤情報に対して、あらかじめ検証・解説する記事を出すことを言います。

JFCでも2023年7月に福島第一原発からの処理水の海洋放出について、偽・誤情報が拡散しそうなポイントを予測し、まとめて検証して解説する記事を出しました。

福島第一原発の処理水と汚染水の違いは何?海洋放出は危険?【ファクトチェックまとめ】
日本政府が夏ごろに始める方針を示している福島第一原発の処理水の海洋放出に関して、国内外で不確かな情報が拡散しています。処理水とは何か。環境への影響は。ファクトチェックのポイントをまとめました。 ※新たな誤情報の検証を更新していきます(最終更新2023年12月13日)。 参照資料は、各省庁や東京電力から、また、2023年7月4日に公開された国際原子力機関(IAEA)の「福島第一原子力発電所ALPS処理水の安全審査に関する包括的報告書(以下、IAEA報告書)」などです。 処理水か汚染水か 2011年3月11日の東日本大震災による津波で、福島第一原発ではウラン燃料を冷やすことができなくなる事故が起きました。燃料は格納容器内で溶け、今も温度を下げるための冷却水をかけ続けています。使用された水は放射性物質で汚染され、雨水などと混ざって毎日約90トンずつ増えています。これを「汚染水」と呼びます。 汚染水は原発の施設内に並ぶ1000基を超える巨大タンクに貯められますが、2024年の前半にはタンク容量に限界が来る見込みです。日本政府は、トリチウムを除く62種類の放射性物

処理水をめぐっては、海洋放出の方針が固まる前後から、偽・誤情報の拡散が始まっていました。ただ、その時点では検証をしようにも直接的な関係者である東京電力や日本政府などの資料がほとんどでした。

JFCでは国際原子力機関(IAEA)が中国など他国の専門家も参加した報告書が出た段階でそれらの資料をもとに今後拡散しそうな偽・誤情報のポイントをまとめて検証しました。

 「情報の空白」に対応する

偽・誤情報が拡散する理由の一つとして、気になる情報をネットで探したときに、信頼性の高い情報が見つからなくて、たまたま目にした信頼性の低い情報をそうとは知らずに信じてしまう、ということがあります。

これを「情報の空白」とか「データの空白」と言います。

その話題を検索する人が増える前に、事実に基づいた信頼性の高い情報が検索結果に出てくるようにする。プリバンキングは情報の空白を埋める作業です。

そして、ファクトチェック自体にも「情報の空白」を埋める効果があります。偽・誤情報が拡散してから、その拡散を検知し、検証をして、記事をまとめ、配信する。それまでの間には、必ずタイムラグがあります。ファクトチェックの効果が低いのではないかと指摘されるポイントの一つです。

しかし、検索結果を見てみましょう。多くの偽・誤情報はSNSで拡散します。スピードは非常に早いですが、一過性で、検索結果の上位にはほとんど残りません。それに対して、ファクトチェック記事が公開されていれば、検索で出てきます。

そうすると、その偽・誤情報が再び拡散したときに、気になった人が検索すると、証拠に基づいて検証した記事を目にすることになります。これも「情報の空白」を埋める作業と呼べるでしょう。

次回はさらなる偽・誤情報対策へ

ここまでファクトチェックを理論と実践の両面から解説してきました。最終回となる20本目の次回は、ファクトチェックだけではない、偽・誤情報対策の広がりについて説明します。

アンケートにご協力を

動画を見た方は、ぜひ簡単なアンケートにご協力ください。 https://forms.gle/QdVa9A5v3RDnfBW59


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

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高市氏を「褒める」偽・誤情報、今後どう変わるか/JFC検証など7本【今週のファクトチェック】

高市氏を「褒める」偽・誤情報、今後どう変わるか/JFC検証など7本【今週のファクトチェック】

政治に関する偽・誤情報には、対象となっている政党や政治家にとってプラスになるものもあれば、マイナスになるものもあります。単純に言えば、「褒める」か「貶す」のどちらかです。 自民党の高市早苗新総裁は、ネット上でも人気が高かった安倍晋三元首相の路線の継承者を自認し、高市氏自身もネットで人気の高い保守系政治家です。総裁に選ばれて注目度がさらに上がったことで、当然、偽・誤情報が流れています。 現在のところ、「褒める」傾向の拡散が多いのが特徴です。日本ファクトチェックセンター(JFC)が検証したまとめサイトからの偽・誤情報の見出しの冒頭に「朗報」とついているところが象徴的です。「貶す」方向性であれば、これが「悲報」になりがちです。 公明党が連立離脱を発表し、高市氏はいきなり厳しい立場に立たされています。少数与党で政権運営に苦労すれば、支持率が伸び悩み、批判も増えてくるでしょう。そうすると、偽・誤情報は「貶す」方向に転じていきます。その方が拡散するからです。 褒める内容であれ、貶す内容であれ、間違っているものは間違っています。まずは、事実関係の確認が不可欠です。(古田大輔)

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
総理大臣が高市氏に代わるからトランプ政権が態度を変えた? 軽減措置など総裁選前から報道【ファクトチェック】

総理大臣が高市氏に代わるからトランプ政権が態度を変えた? 軽減措置など総裁選前から報道【ファクトチェック】

自民党総裁選で高市早苗氏が選ばれたことを受けて、米トランプ政権が関税の軽減措置を決めたという主張が拡散しましたが、誤りです。トランプ政権が軽減措置を検討していることは総裁選の前から報じられており、高市氏の選出とは無関係です。 検証対象 2025年10月5日、「あれだけ苦労した関税交渉。総理が高市早苗氏に代わるだけで軽減措置決定」「おまけにトランプ大統領自らが来日」という投稿がXで拡散した。 10月10日現在、投稿は1.3万回以上リポストされ、表示は718万件を超える。 投稿には「すごい👍すでに高市早苗効果が現れる✌️」などの反応の一方で、「最初にロイターが報じたのは日本時間早朝5:51です 総裁選の前です」などの指摘もある。 検証過程 日本ファクトチェックセンター(JFC)は時系列を確認した。下記の通りだ。 関税軽減措置は総裁選投開票前に報じられた 拡散した投稿は、毎日新聞が10月4日午後0時34分に配信した「トランプ政権、トヨタ・ホンダなどへの関税軽減措置を決定へ 米報道」という記事を引用している。 記事は、ロイター通信が10月3日に、ト

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
欧州で移民が暴れる動画? ネパールの宮殿【ファクトチェック】

欧州で移民が暴れる動画? ネパールの宮殿【ファクトチェック】

欧州で移民による暴動が起きているかのような動画が拡散しましたが、誤りです。動画はネパールの宮殿で撮影されたもので、2025年9月の政府に対する抗議行動と見られます。 検証対象 2025年10月6日、「他国の文化への不寛容が止まらない 果たして、いつ日本は欧州のようになるのか」という文言付きの動画がXで拡散した。動画には、シャンデリアや大きな鏡のある洋風の広間のような部屋で、若者達が暴れている様子が映っている。 10月9日現在、投稿は940回以上リポストされ、表示は37.6万件を超える。 投稿には「欧州の人は何故怒らないの?」「えっどこ、パリ?ベルサイユ宮殿じゃないよね。噓でしょ。もうこんな奴らのその国のモスク全部破壊すべき」など、移民が建物を壊す様子だととらえた反応がある。 一方で、「ネパール旧首相官邸らしいです。2025年9月の抗議デモでの破壊映像。他国の文化に対してじゃなくて自国の政府に対して抗議してるようです」などのコメントもある。 日本保守党・北村晴男参議院議員が、この投稿を引用して「今ならギリギリ間に合います」と投稿したことで、動画はさらに拡

By 根津 綾子(Ayako Nezu)
自民新総裁・高市氏と立民・辻元氏が総裁室で握手? AIによる偽画像【ファクトチェック】

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自民党・高市早苗新総裁と立憲民主党・辻元清美参議院議員が総裁室で握手する画像が拡散しましたが、AI生成による偽画像です。辻元氏自身が画像をフェイクと指摘しています。拡散した画像の元画像にはAI生成を示す印があり、AI生成検出ツールもAIの可能性が高いと判定しました。 検証対象 2025年10月6日、「お祝いを言えないフェミさん達が多い中、これは辻元さん、素晴らしい、素直にありがとうございます✨」という文言付きの画像がXで拡散した。 10月7日現在、投稿は1000回以上リポストされ、表示は221.3万件を超える。 投稿には「本当に素敵な写真ですね✨」「パフォーマンスであっても祝意をちゃんと伝える辻元清美は偉いと思います」や「AIじゃないの?🙄」などの指摘がある。 検証過程 辻元氏本人が否定 10月6日、辻元清美氏は自身のXアカウントで次のように投稿している。 「総裁席に座る高市さんと私(?)のツーショット合成写真が出回っているようで、新聞社からも問い合わせが来てしまいました! もちろんフェイク。拡大すると全然似ていないのですが、、、もしAIがも

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日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は10月18日(土)午後2時~3時15分で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei1018.peatix.com/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にど

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