ファクトチェックの基礎 検証対象・過程・結果を明示する 【JFC講座 実践編1】

ファクトチェックの基礎 検証対象・過程・結果を明示する 【JFC講座 実践編1】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。

理論編では、ファクトチェックの意義や重要性などの他、偽・誤情報が拡散する背景にある認知心理学やデジタル時代の情報生態系の実態などについて幅広く解説しました。実践編は検証の具体的な手法やツールなどを紹介します。

第1回は検証の基礎となる、「対象の特定」と「過程の公開」から始めます。

(本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています)

ファクトチェックの基本構造

理論編でも説明したように、ファクトチェックは「客観的に検証可能な事実」のみを対象にして検証します。憶測や意見は対象外で、まずは何を検証しようとしているかを明確にする必要があります。

JFCの場合は全てのファクトチェック記事を同じ構成にしています。まず最初に検証対象を明確にし、検証過程を詳細に記し、検証結果を明らかにする。検証対象・検証過程・検証結果(判定)です。

世界の多くのファクトチェック団体の記事も、同じような構成のものが多いです。

検証対象を明確にする

JFCのファクトチェック記事で解説します。

X(旧Twitter)で「9条の『条』に注目」という投稿が拡散しました。この言葉だけだと意味が分かりませんが、投稿には写真もついていました。

JFCはこの投稿についているリプライに「日本人ではない漢字使い」などと書かれていることに注目しました。

つまり、この投稿が拡散した背景にある「ナラティブ(理論編6を参照)」は、「条の『木』の部分をホ」と書くのは、日本語表記ではなく中国語表記であり、この横断幕を書いた人は中国の影響を受けている」です。

そこでJFCは検証対象を「『ホ』と書くのは中国語表記で日本語表記ではない」という言説を検証対象にしました。

憲法9条の『木』を『ホ』と書くのは中国語表記?【ファクトチェック】
「9条で世界平和を」と訴える横断幕について、「条」という漢字の書き方が日本語ではなく中国で使われる「簡体字」ではないかとの言説が広まりましたが、誤りです。横断幕の「条」の部首は「木」でなく「ホ」と書かれていて簡体字と一致しますが、日本の「常用漢字表」でも記載されています。 検証対象 2024年4月21日、X(旧Twitter)で「9条の『条』に注目」というコメントと共に、「9条で世界平和を」と書かれた横断幕の画像が拡散した。画像の「条」の文字は、部首の「木」が「ホ(縦の棒ははねている)」と表記されている。 このポストは18万回以上表示され、700件以上リポストされている。このポストのリプライや引用リポストには「日本人ではない漢字使い」「中国共産党の指示が裏にあるんですかねぇ」「中国の工作員ですね」などといったコメントが付き、部首の「木」を「ホ」と表記することは、日本の書体では誤りで、

日本の常用漢字表を見ると「木」の部分は楷書では「ホ」と書く例があると明示されています。つまり、「日本語の表記ではない」という言説は誤りです。

この記事に対して、「書いた人物は中国の影響を受けているかもしれない」と批判した人がいました。誰かが「中国の影響を受けているか」は、何を持って影響を受けていると判定するかから考える必要があるため、検証が困難です。

JFCのファクトチェック記事では、客観的に検証が可能な事実の部分に限定して検証しています。そして、この検証結果から、少なくとも「条」の表記だけで、中国の影響を受けていると主張することは無理があることが分かります。


一つの文にも検証可能な部分と不可能な部分が

次はJFCが検証をしなかった事例です。

2024年1月に発生した能登半島地震をめぐって「日本中の人たちが石川県のために寄付をしているのに万博に1000万円も出すだなんて、無駄になった!」という投稿が拡散しました(画像はイメージ)。

この投稿についてJFC内で検証をしたいという声が上がりましたが、議論して見送りました。

この投稿の中の「万博に1000万円出した」という部分は客観的に検証可能ですが「無駄になった」という部分は個人の感想で、人によって評価が異なるからです。

検証できない事例の方が多い

推測や意見ではないにしても、正確なデータを集めることが難しかったり、専門性が非常に高くて検証に膨大な時間がかかるものなどは、ファクトチェックの検証対象とするのは困難です。

JFCでは2022年10月の発足から2024年6月までに340を超える検証をしてきましたが、検証を見送ったり、途中で没にしたりした原稿はそれ以上にあります。

ファクトチェックにおける公開の原則

ある言説に対して「正確」「誤り」などと判定するファクトチェックは、その検証の信頼性を高めるためにも、検証過程を公開することが求められます。

国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)よりも詳細なルールを定めている欧州ファクトチェック規範ネットワーク(EFCSN)の方法論を見てみましょう。

「検証プロセスを公開する」「証拠をできるだけアクセス可能にする」「安全が脅かされる場合を除き、すべての情報源を実名にする」など、公開に関するルールを具体的に定めています。

次回は公開情報について

日本ではテレビや新聞などの報道でも「関係者によると」という匿名の情報源が頻繁に登場します。それだけ一般には非公開の情報が多く、ファクトチェックはこの面でも壁にぶつかります。

そんな中でもネットに増えている公開情報を見つけ出す最も簡単で効果的な方法「検索」について、次回、解説します。

アンケートにご協力を

動画を見た方は、ぜひ簡単なアンケートにご協力ください。 https://forms.gle/QdVa9A5v3RDnfBW59


判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

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ヒカキン氏「サリンは撒かれてよかったと思う」と発言? 捏造した画像【ファクトチェック】

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YouTuberのヒカキン氏が「サリンは撒かれてよかったと思う」と発言したという情報が拡散しましたが、誤りです。ヒカキン氏は過去にそのような投稿をしていません。投稿したアカウントは過去にもヒカキン氏の誤情報を拡散しています。 検証対象 2025年4月22日、「麻原大好きなHIKAKINマジでエグい」という文言と共に、ヒカキン氏のXアカウントが「サリンは撒かれて良かったと思う 今の政治は日本の魚介ぐらい終わってるからな みんなも今は亡き真の聖人麻原様に敬意を払おう」と発言しているかのような画像付き投稿が拡散した。 2025年4月24日現在、この投稿は1000件以上リポストされ、表示回数は615万回を超える。投稿について「ヒカキンさんを見る目が変わったわ」「これガチならエグすぎる」というコメントの一方で「HIKAKINの名を使ってこの記事はやり過ぎ」という指摘もある。 検証過程 投稿主は過去にも誤情報を拡散 今回拡散した投稿を発信した「麻原彰晃名言bot」は、オウム真理教の元代表麻原彰晃(本名・松本智津夫)元死刑囚の名言を紹介するbotを名乗っている。

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
日本は車の安全試験でボンネットにボウリング球を落とす?  過去に否定された誤情報【ファクトチェック】

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アメリカのトランプ大統領が各国との関税交渉に関連して、非関税障壁の一例として日本ではボウリング球を車に落とす安全試験があると主張しましたが、誤りです。過去にも検証された誤情報です。 検証対象 4月20日、トランプ氏は自らが設立したソーシャルメディアTruth Socialで各国の非関税障壁の例を8つ記して投稿した。6番目に「Protective Technical Standards(保護技術基準)」として「Japan’s bowling ball test(日本のボウリング球テスト)」を挙げている。 検証過程 トランプ氏は、大統領1期目の2018年に同様の発言をしていた。ワシントンポストの当時の記事によると、日本では車体の耐久性を確認するために「ボーリング球テスト」があり、「車のボンネットに20フィート(約6メートル)の高さからボウリング球を落としてへこんだら不合格になる」と演説したという。 ボウリングボールを落とすテストはない 国土交通省によると、日本の自動車の製造・販売業者は、国が定める安全や環境の基準について、43項目の審査に合格したうえで

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大阪万博のリング、木材の大半は海外産? 7割が国産【ファクトチェック】

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前名古屋市長の河村たかし衆院議員が「万博の目玉リング、木の大半は海外産」と投稿しましたが、誤りです。同様の情報はこれまでにも拡散し、設計者自らが否定。公式サイトにも「国産7割、外国産3割」と記されています。 検証対象 2025年4月21日、前名古屋市長の河村たかし氏の「万博の目玉リング、木の大半は海外産だそうで、名古屋城は違います!」という投稿が拡散した。 投稿には河村氏自身のYouTubeアカウントに投稿された動画が添付されている。2025年4月23日現在、動画の視聴回数は6000回超。投稿は1500件以上リポストされ、表示回数は110万件を超える。 検証過程 動画の中で河村氏は、名古屋城の復元について解説。万博の名物となっているリング状の建造物について「全部国産材の名古屋城の木材と全然違いますね」などと発言している。 日本ファクトチェックセンター(JFC)が、大阪・関西万博公式Webサイトを確認したところ、大屋根リングについて「使用木材:(国産)スギ、ヒノキ(外国産)オウシュウアカマツ ※国産が約7割、外国産が約3割」という記載がある。 リング

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
新型コロナのレプリコンワクチンは死亡率がファイザー製の75倍? 元資料の誤読【ファクトチェック】

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新型コロナのワクチンについて、レプリコンはファイザー製に比べて死亡率が75倍だという情報が拡散しましたが、誤りです。厚労省の資料をもとに主張していますが、これは副反応疑いの件数で因果関係が立証されたものではなく、また、死亡報告2件は、のちに製造元が「ワクチンとの因果関係を医師が否定した」という理由で報告を取り下げています。 検証対象 2025年4月17日、「レプリコンはファイザー製の75倍の死亡率」という投稿が拡散した。投稿には表も添付され、製薬会社ごとに接種者の「重篤」と「死亡」の報告数の比率を比べている。 4月21日現在、8万2000を超える閲覧と1200のリポストがついている。「こんなもん国民に打たせるな」「ワクチンじゃない、殺人兵器だ!!」などの他「真面目に副作用報告を収集しているから副作用発現率が高く見えてる可能性がありますね」という指摘もある。 検証過程 レプリコンワクチンとは レプリコンワクチンは、日本の製薬企業Meiji Seikaファルマが開発製造しているmRNAワクチン。mRNAが体内で複製されて増えるため、従来のmRNAワクチ

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ファクトチェック講座

JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら

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日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は5月28日(日)午後2時~3時半で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei0518.peatix.com/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にどのよう

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理論から実践まで学べるJFCファクトチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介

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日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験

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JFCファクトチェッカー認定試験  教材と申し込みはこちら

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日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や

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