SlowNews記事「検証手法を検証する」へのJFC編集部見解
日本ファクトチェックセンター(JFC)は2022年10月の発足から1年半、日々、正確で透明性の高いファクトチェックに取り組んでいます。この度、SlowNewsで公開されたフロントラインプレスの記事でご指摘を受けたJFCのファクトチェック手法への疑問や懸念も参考にしつつ、今後はさらに体制を拡充し、より幅広く難易度が高い検証に取り組んでいきたいと考えております。
SlowNewsの記事の読む中で、ファクトチェックの方法論に関し、私たちの言及が不足していた部分もあるかと思い、Webサイトに公開している点も含めて、改めて説明させていただきます。
なぜオープンソースに頼るのか 「公開」「透明性」の原則
SlowNewsの記事「ファクトチェックの『検証手法』を検証する」は「公的機関のオープンソースに頼る手法には限界があるのではないか」と指摘し、また、「JFCのファクトチェックには当事者・関係者取材が乏しく、公開データのみで真偽を判断するものも目立つ」と評しています。
(ただし、SlowNewsの記事が出た時点でJFCが公開している300本を超えるファクトチェック記事のうち、何本がその指摘に当たるのかは明示されていません)
JFCは「ファクトチェックとは 定義・ルール・手法を解説」という記事を公開し、ファクトチェックの基本的な方法論を解説しています。SlowNewsも記事の中で言及しているIFCNのルールだけでなく、より具体的な方法論で知られる欧州ファクトチェック規範ネットワーク(EFCSN)のルールも紹介しています。その中で重要なキーワードとなっているのが「公開」「透明性」です。
IFCNは「情報源の透明性」を掲げて「読者自身が調査結果を検証できる」ような手法を原則としています。EFCSNは「読者が検証過程を再現できるよう、証拠をできるだけアクセス可能にする」ことがルールとなっています。
JFCや海外のファクトチェック団体の記事を見ていただければわかるように、検証の根拠となる証拠(文書や画像や動画など)には、可能な限りリンクをつけ、読者も自ら確認が取れるようにしております。
この原則を守るために、リンクが貼れるオープンソースの証拠を重視し、活用しております。これは世界中のファクトチェック団体で共通していると理解しています。
調査報道とファクトチェックの違い
SlowNewsがファクトチェックについて言及した3本の記事には「ファクトチェック団体のある関係者」(5月21日記事)、「ファクトチェック団体に詳しい関係者」(5月22日記事)「IFCNの事情に詳しい関係者」(5月23日記事)と、各回に匿名の証言者が出てきます。これでは読者自身がこの証言が正しいかどうかを確かめることが困難です。
EFCSNも「安全が脅かされる場合を除き、すべての情報源を実名にする」という規定が示すように原則実名で、JFCも同様のルールで検証を実施しています(JFCファクトチェックガイドライン、JFCファクトチェック指針)。そのため、検証の根拠に用いる情報源はすでに公開されているオープンソースや誰でも使える公開の画像検索・検証ツールなどが中心です。
SlowNewsの第3回記事の末尾には「意見が対立している問題や、権力機構の深い闇に入り込まなければ解明できない問題についてはやはり調査報道が必要であり、オープンソースに依拠する手法には限界があるのではないだろうか」というSlowNews記者(匿名なので誰の意見なのかはわかりません)のオピニオンが書かれています。この意見には同感です。
JFCの記事「ファクトチェックとは」でも、「『事実確認・裏とり』や『調査報道』との違い」という項目で、事実確認・裏とりや調査報道の重要性を指摘しつつ、ファクトチェックとの方法論の違いを説明しています。
ファクトチェックと異なり、調査報道はしばしば匿名情報に頼ります。証拠を全て記事で開示したり、事実確認の過程を細かく説明したり、検証結果に「誤り」「正確」などの判定をつけるわけではありません。
また、ファクトチェックはネット上に大量に氾濫する偽情報や誤情報への対応が、非常に重要な役割の一つです。すでに公開されている言説を対象として調べるファクトチェックは、まだ公に明らかになっていない事実を探求する報道とは異なる効果や目的があります。どちらが上ということではなく、機能が異なります。
調査報道の方法論は、ファクトチェックの「公開」「透明性」とは異なりますが、SlowNews記事にもあるように「権力機構の深い闇に入り込まなければ解明できない問題」に関しては、調査報道でなければ対応できないテーマも無数に存在します。
そういった理解の上で、JFCは設立当初から、ファクトチェックに取り組む機関として活動しております。
JFCの原発事故の検証は妥当か
また、SlowNewsはJFCが実施した福島第一原発からの処理水の海洋放出に関するファクトチェックに関して「主として国際原子力機関(IAEA)の報告書や政府・東電の見解が用いられている」と指摘し、「IAEAの中立性には疑問があり、ファクトチェックの判断基準としてそのまま使っていいのか」という声を紹介しています。
JFCがこれまでに処理水関連で公開した11本の検証記事では、確かに主にIAEAや政府・東電の資料や見解を根拠として検証しています。例えば、以下のような内容です。
・日本の汚染水はトリチウムも含む他の核種もオールスターの排水?
・日本政府は汚染水を処理せず福島第一原発からそのまま放出?
・処理水放出で海の色が変化?
・汚染水には放射性物質に加え、金属腐食による多量の不純物が含まれ、海洋生態系への悪影響が極めて深刻?
・IAEA、汚染水のろ過性能を検証していない?
これらはJFC内部で議論し、公開資料や検証ツールなどを活用して検証が可能なものだと判断したものです。
そもそも、ファクトチェックは検証可能な「事実」の部分に限定して検証し、「意見」は検証しません(「ファクトチェックとは」を参照)。
大量に拡散する偽・誤情報に関して、注目の高い「処理水には何が含まれているのか」「トリチウムの危険性は」などのトピックについて、現時点において、国内外の多くの科学者が関与した、公開されている複数の資料に基づいて、明確に誤りやミスリードを判定できる偽・誤情報を検証することは、大きな意義があると考えています。
これらの複数の資料に根本的な誤りや隠蔽があるかどうかを関係者に対する深い取材で確認する。これは調査報道が匿名の情報源にも頼って実施できるものです。そのような事実が明らかになった際には、JFCとして改めて判明した事実を追記し、訂正・修正などの対応をしたいと考えております。
多様なトピックを多様な手法で検証する意義
SlowNews記事では世界で160を超えるファクトチェック団体のうち、米国のAP通信社の記事だけを取り上げて、ファクトチェック手法を解説していますが、実際にはファクトチェック対象の選び方や手法には多様性があります。
例えば、PolitiFact(米国)のように政治、Science Feedback(フランス)のように科学など、トピックを絞って検証する専門的な団体もあります。芸能人の話題などエンターテイメント色の強い話題を積極的に取り上げる団体もあります。MediaWise(米国)は10代のメンバーに同世代の間で拡散する偽・誤情報を検証してもらうことで、教育的な効果も狙っています。
積極的に関係者を取材するAP通信のような手法から、テクノロジーとオープンソースの活用を得意とするLead Stories(米国)、全国の9万人を超えるボランティアと協力して検証するMafindo(インドネシア)、Annie Lab(香港)はJFCと同様に学生インターンの調査とプロのエディターによる監修で検証に取り組むなど、公開と透明性の原則を守りつつ、その手法は多様です。
JFCが国際大学グロコムと共同して実施した日本国内の2万人調査では、日本で実際に拡散し、JFCなどが検証した15の偽・誤情報に関して平均で51.5%の人が「正しいと思う」と回答していました。JFCがこれまでに検証したような医療・健康、国際、政治、災害など多様なテーマでの検証が必要とされている証左です。
また、これまでファクトチェック記事が少なかった日本において、Googleの高度な検索や画像検索ツールやオリジナル動画の見つけ方、生成AIによる画像の見分け方など、多様なオープンソースの手法を具体的に解説するJFCの記事は、教育現場からも高い評価を受けており、大学での教育などにも取り入れられています。
隠された事実を解明する調査報道が重要なのと同じように、すでに拡散している言説の誤りを指摘するファクトチェックは、ネット上で大量の偽・誤情報が急速に拡散する現代において不可欠のものです。お互いの重要性を認めつつ、JFCとしてはさらなる取材力・検証力を身につけるべく努力していきたいと考えております。
体制や資金に対する運営委員会の見解
SlowNewsの記事ではJFCの体制や資金に対して、不透明であるなどの指摘もありました。それらに関しては、運営委員会が見解を公表しました。