岸田首相の襲撃を捉えたカメラは事前に事件を知っていた?【ファクトチェック】

岸田首相の襲撃を捉えたカメラは事前に事件を知っていた?【ファクトチェック】

岸田文雄首相の襲撃事件を撮影したTVカメラは、投げ込まれた爆発物や確保される容疑者の姿をはっきりと捉えていました。それを理由に「(事前に知っていた)茶番だ」という言説が広がっていますが、誤りです。プロの撮影者は事件の瞬間を逃さないための経験を積んでおり、一般的な撮影手法です。

検証対象

2023年4月15日に発生した岸田首相襲撃事件で、現場にいたTVカメラが事件を事前に知っていたかのような映像を撮影したことから、「茶番だった」という言説が拡散した(例1例2)。ツイートでは「茶番くさw」「このカメラワークは段取りを知っている者が見せるものです。(中略)普通なら『なんだ?なんだ?』と躊躇逡巡するはずですが皆無です これはありえない」などの投稿があった。

画像
画像


引用リツイート欄には反論もあったが「すぐにカメラむけるとこ、なんかおかしくね?」「脚本ありきの茶番だと偽物のキッシーが教えてくれているのに」「ここのエキストラたちなんぼもらってるんやろ!」などの反応があった。Twitterでは周囲の人がこの事件を「演じた」と主張するハッシュタグ「#クライシスアクター」が拡散し、トレンド入りした。

検証過程

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、NHKで長年、現場の撮影に従事し、現在、NHK財団研修センターで若手の研修を担当する山口一吉専門委員に話を聞いた。

山口専門委員は「あの1カットで撮影された映像を見て感じたのは、経験を積んだ撮影者ということです」と話す。どういう点に経験を感じるのか。

まず、何かが起きた時にズームバック(カメラを引いた広い映像)で撮影しています。この時、経験が浅い撮影者は、ついざわついているところにズームインしてしまう。まず一回カメラを引いて全体を確認し、その上で容疑者とされる人物を取り押さえている様子にカメラを詰めて(ズームアップして)います。その後、人々の表情や警官の動きをしっかり撮影しています。
前提としては、政治家、特に岸田総理の取材なので、昨年の安倍元総理の銃撃事件が念頭にあったのは間違いないでしょう。何かが起きるかもしれないと気持ちを引き締めていたのは間違いないはずです。

続けて、報道のプロの撮影技法について、こう話した。

右目でファインダーを覗いていたら左目は全体状況を確認しながら取材します。さらに仕事中は、現場の気配や音に気持ちを研ぎ澄ませています。『段取りを知っていなければ撮れない』というのは、それはプロではないと言っても過言ではありません。

この話から分かるように、報道を専門にするTVカメラ担当者は、常に現場で何が起きるかわからないという状況で、突発的な事態をできる限り撮影する訓練を積んでいる。今回の映像もまさにそうした経験に裏打ちされたものと言える。

今回の撮影は代表取材によるものだった。NHKと民放をあわせて1社だけが撮影チームを配置し、その映像を全社が使うものだ。代表取材は、現場の安全確保や会場が狭い場合などに使われるが、各社で映像を共有するので失敗が許されず、通常は経験を積んだベテランが撮影する。今回は関西テレビが担当していた。

判定

カメラワークは経験に裏打ちされたもので、報道のプロの撮影手法としては一般的。「段取りを知っていた茶番」というのは根拠がなく、実際の現場の状況も総合して誤りと判定した。

あとがき

岸田首相襲撃事件をめぐって、「自民党による自作自演だ」というような言説は他にも多数拡散し、「#クライシスアクター」というハッシュタグが広がっています。

クライシスアクターとは元々、防災訓練などに参加して事件や災害の場面を演じる人たちを意味しますが、そこから転じて「政府などが事件などをでっち上げるために雇った役者」という意味で使う人達がいます。その主張の多くは根拠がない憶測です。事件や災害の発生時にはまだ確定的な情報が少なく、こういった憶測や噂が広がりやすくなります。安易なシェアは避けましょう。

検証:本橋瑞紀、宮本聖二
編集:古田大輔、藤森かもめ

検証手法や判定基準などに関する解説は、JFCサイトのファクトチェック指針をご参照ください。

「ファクトチェックが役に立った」という方は、シェアやいいねなどで拡散にご協力ください。誤った情報よりも、検証した情報が広がるには、みなさんの力が必要です。

X(Twitter)FacebookYouTubeInstagramなどのフォローもよろしくお願いします。またこちらのQRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、真偽が気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

兵庫県知事選で稲村陣営が誹謗中傷を10倍した? 根拠とされた新聞記事は無関係【ファクトチェック】

兵庫県知事選で稲村陣営が誹謗中傷を10倍した? 根拠とされた新聞記事は無関係【ファクトチェック】

兵庫県知事選をめぐって、落選した稲村和美氏の陣営の方が誹謗中傷を「10倍していた」という情報が拡散しましたが、誤りです。根拠とされたグラフからはそうしたデータは読み取れず、元となる神戸新聞の記事にもありません。 検証対象 2024年12月21日、「これが選挙妨害の実態です 稲村陣営の方が10倍誹謗中傷していることがデータで判明しています だけど斎藤さんは訴えたりしません」という情報がX(旧Twitter)で拡散した。 この投稿は、48万以上の閲覧と1300のリポストがある。「はっきりデータで出ていますね」「これが正しい事実なんです」といった賛同するようなコメントがあるが、「このグラフから稲村陣営の方が10倍誹謗中傷していることをデータとして読み取ることは不可能です」という指摘もある。 検証過程 この投稿には「『Yahoo!リアルタイム検索』より作成」と表記のあるグラフが付いている。「既得権益」「#さいとう元知事がんばれ」「斎藤 パワハラ」「#いなむら和美を兵庫県知事に」「公益通報」「稲村 外国人参政権」というネットで拡散した6つの言葉の拡散数の変遷を現

By 宮本聖二
天皇陛下や上皇陛下がエプスタイン氏と写った画像?AI生成による捏造【ファクトチェック】

天皇陛下や上皇陛下がエプスタイン氏と写った画像?AI生成による捏造【ファクトチェック】

天皇陛下や上皇陛下が、性的な人身売買疑惑で問題となった米国の実業家ジェフリー・エプスタイン氏と共に写った画像が複数拡散しました。これらの画像は全て捏造されたもので、誤りです。X(旧Twitter)に搭載されている生成AI「Grok」によって生成された、実際には存在しないフェイク画像です。 検証対象 2024年12月22日以降、天皇陛下や上皇陛下とエプスタイン氏が写った画像が複数拡散した(例1、例2、例3)。 「AI生成画像」「合成」との指摘もあるが、「決定的な写真が出てきたよ」「公務でのエプ島訪問ですか?」などのコメントも寄せられており、この画像を本物だと信じてしまう人もいることを示している。 検証過程 ジェフリー・エプスタイン氏による未成年への性的搾取疑惑 エプスタイン氏は米国の元実業家(故人)だ。児童を含む未成年への性的暴行・売春斡旋などに関与したとして2019年7月に逮捕・起訴されたのち、8月に拘置所内で死亡した(BBC)。 エプスタイン氏をめぐっては、その幅広い交友関係からこれまでに多くの著名人が疑惑に関与しているのではないかとの情報が拡

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
AIが誤情報を再生産/韓国戒厳令の背景は偽情報とファクトチェックの縮小?【今週のファクトチェック】

AIが誤情報を再生産/韓国戒厳令の背景は偽情報とファクトチェックの縮小?【今週のファクトチェック】

Xが提供する生成AIが、質問に対して過去の誤った情報を取り込んで答えるという事象が起きました。誤情報の再生産です。韓国の尹大統領の非常戒厳宣言の背景に、偽情報の拡散があり、さらにファクトチェックの活動の縮小が関わっているのではないかとNHKが報じました。 ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 今週のファクトチェック 北九州の中学生殺傷事件、被害者の父親は警察署長?同姓なだけ 2024年12月14日夜、北九州市小倉南区のファストフード店で起きた中学生殺傷事件をめぐって、被害者の父親が福岡県警の警察署長だとする情報が拡散しましたが、誤りです。同姓ですが、県警が否定しています。  北九州の中学生殺傷事件、被害者の父親は警察署長?同姓なだけ【ファクトチェック】2024年12月14日夜、北九州市小倉南区のファストフード店で起きた中学生殺傷事件をめぐって、被害者の父親が福岡県警の警察署長だとす

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
秋田県知事「熊に小型の爆発物を食べさせて爆破すればハンターは必要ない」と発言? 後半部分が捏造【ファクトチェック】

秋田県知事「熊に小型の爆発物を食べさせて爆破すればハンターは必要ない」と発言? 後半部分が捏造【ファクトチェック】

秋田県の佐竹敬久知事が「熊に小型の爆発物を食べさせて爆破すればハンターは必要ない」と発言したとする情報が拡散しましたが、不正確です。拡散した投稿はまとめサイトのXアカウントからで、見出しは掲示板サイトのスレッドタイトルを引用しているだけです。後半部分が捏造です。 検証対象 2024年12月18日、「秋田県知事『熊に小型の爆発物食べさせて爆破すればハンター必要ない』」という情報が拡散した。 2024年12月20日現在、この投稿は340件以上リポストされ、表示回数は8万回を超える。投稿について「狂ってる」「それはちょっと」というコメントの一方で「マジでいった?」という指摘もある。 検証過程 まとめサイトは掲示板サイトのタイトルを引用 検証対象のリンクは、まとめサイト「TweeterBreakingNews-ツイッ速!」の記事だ。 タイトルは掲示板サイト5ちゃんねるのスレッド「【悲報】秋田県知事「熊に小型の爆発物食べさせて爆破すれはハンター必要ない」←🧸」で、読売新聞オンラインが2024年12月17日にライブドアニュースで配信した記事「秋田県知事、ク

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)