モスクワのテロ攻撃容疑者、全員がウクライナ国民?【ファクトチェック】

モスクワのテロ攻撃容疑者、全員がウクライナ国民?【ファクトチェック】

「モスクワでのテロ攻撃の容疑者が特定され、全員がウクライナ国民」だとする言説が、複数の顔写真の画像とともに拡散しましたが誤りです。顔写真はいずれもテロ事件以前にネット上に公開された画像を集めたものです。現地メディアは、起訴された4人はタジキスタン人だと報道しています。

2024年3月24日、「モスクワのテロ事件で拘束された4名の全員が、ウクライナ国籍であることが明らかに‼️」というコメントとともに、4人の顔写真付きのIDカードやパスポートなどに見える画像が拡散した。画像の上部にはウクライナ語と英語でウクライナと書かれている。

2024年3月25日現在、このポストは900件以上リポストされ、表示回数は63万件を超える。返信欄では「そりゃまあそうじゃないかね」という同調の声の一方、「別の記事から写真を流用した捏造」「顔違うんだが」などの反応があった。

検証過程

2024年3月22日、ロシアの首都モスクワ近郊のコンサートホールで、迷彩服を着た武装集団による銃撃事件や火災が発生。3月24日時点で130人を超える死者が出ている(ロイター通信)。

3月24日、ロシアの捜査当局はこの事件で拘束した11人のうち実行犯4人を裁判所に移し起訴したと発表している(タス通信読売新聞)。24日の投稿にある「モスクワのテロ事件で拘束された4名」はこの起訴された実行犯4人を指していると思われる。日本ファクトチェックセンター(JFC)は、検証対象の4枚の画像が、起訴された4人と一致するかどうかを検証した。

BBCによると、起訴されたのはダレルジョン・ミルゾエフ(Dalerdzhon Mirzoyev)被告とサイダクラミ・ムロダリ・ラチャバリゾダ(Saidakrami Murodali Rachabalizoda)被告、シャムシディン・ファリドゥニ(Shamsidin Fariduni)被告、ムハマドソビル・ファイゾフ(Muhammadsobir Fayzov)被告の4人だ。

一枚目の画像をGoogle画像検索すると、ウクライナの通信社UNIIANによる2020年8月の記事が見つかる。検証対象の写真は、斧を持って警備員に暴行を加えた後、逃走し容疑者として逮捕されたYulii Tsiezarの写真だ。今回テロの実行犯として公表された4人と名前が一致しない。

二枚目の画像をGoogle画像検索すると、2016年9月のページが見つかったが現在アクセスが制限されており、閲覧できない。パスポートにある「Микола Малуха」をGoogle検索すると、男性のFacebookページがヒットした。男性のFacebookにはYoutubeチャンネルのディレクターなどをしていると書いてあり、2024年3月24日に「おかしな話だが、私はモスクワのテロリストの容疑者の一人です」と投稿し、その後「私はこのテロ攻撃とは無関係である」と投稿した。今回テロの実行犯として公表された4人とは名前も一致しない。

三枚目の画像をBing画像検索すると、2020年5月のウクライナ語の記事が見つかった。この記事はIDカードと納税者番号を同時発行する新しいサービスについて紹介しており、画像はサービスの見本として使われている。元記事の画像も拡散した画像と同じく国籍を示す部分を除いて全てボカシが入り、名前は確認できないが、実行犯との関係性を示す情報もない。

四枚目の画像をGoogle画像検索すると、Wikimedia Commonsのページが見つかる。Wikimedia Commonsは、ウィキペディアなどのウィキメディア財団関連サービスで自由に利用できる画像・音声・動画を保管している(公式サイト)。この画像はウクライナのパスポートを紹介する画像として2020年7月にアップロードされている。「ウクライナの国際パスポート、1994 年モデル」と説明が書かれている。

いずれの画像もモスクワのテロ以前に公開されていたものだ。1枚目は名前が一致せず、2枚目は本人が否定、3枚目と4枚目もネット上に公開されている画像を使用しただけの可能性が高い。

また、拡散した投稿は4人の国籍を「ウクライナ人」としているが、ロシア国営通信社タス通信の報道によると、実行犯として起訴された4人の容疑者は全員タジキスタン人だという。

同じ画像は海外でも拡散している。 AFPやギリシャのファクトチェック団体Ellinika Hoaxesもファクトチェックをし、「誤り」と判定している。

判定

「モスクワでのテロ攻撃の容疑者が特定され、全員がウクライナ国民」とする画像は、事件以前にネット上で公開されていたIDカードやパスポートの画像で2枚は明らかに無関係。残る2枚も関係性を示す証拠はない。また、国籍も異なる。よって誤りと判定する。

検証:リサーチチーム
編集:藤森かもめ、野上英文、宮本聖二、古田大輔

判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。検証記事を広げるため、XFacebookYouTubeInstagramでのフォロー・拡散をよろしくお願いします。毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンからどうぞ。

また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

立花氏が「県警が否定」報道直後に投稿削除 新聞による「ファクトチェック」の効果と公的機関の発信の重要性

立花氏が「県警が否定」報道直後に投稿削除 新聞による「ファクトチェック」の効果と公的機関の発信の重要性

兵庫県の元県議急死に関して「昨年から県警の取り調べを受けていた」「逮捕が怖くて自ら命を絶った」などとソーシャルメディアで発言していた政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が、投稿を削除しました。産経新聞などが県警に取材し、捜査や逮捕を否定したと報じたことが影響したと見られます。 これまで日本の新聞やテレビなどの報道機関はインターネット上の偽・誤情報などの検証に消極的でした。しかし、YouTubeやTikTok、XやFacebookなどソーシャルメディアの影響力が増す中で、その姿勢に変化が見られます。日本ファクトチェックセンター(JFC)などのファクトチェック組織と違う報道機関ならではの検証の果たせる機能と公的機関の情報発信について解説します。 元県議をめぐる立花氏の投稿と削除 兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などを調査する県議会調査特別委員会(百条委)の委員だった竹内英明元県議が1月18日に急死した。自殺と見られると報じられている(朝日新聞、産経新聞)。 これに対し、立花氏は19日にXで「竹内元県議は、昨年9月ごろから兵庫県警からの継続的な任意の取り調べを

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
繰り返す災害時の偽情報/欧州でプラットフォーム事業者への批判高まる【今週のファクトチェック】

繰り返す災害時の偽情報/欧州でプラットフォーム事業者への批判高まる【今週のファクトチェック】

日向灘を震源とする地震が発生すると別の災害の映像や人工地震説の偽情報が拡散しました。ヨーロッパでは、偽情報の拡散へのプラットフォーム事業者の対策を疑問視して批判を強めています。パリ市はXの利用をやめました。 ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 JFCからのニュース セミナー「新たなテクノロジーと偽情報 -AIの脅威と活用-」 AIなどを活用したデジタル・プロパガンダの研究者として知られるサミュエル・ウーリー ピッツバーグ大准教授が来日するのを機に、国境を超えて拡散する偽情報や影響工作、そこにテクノロジーがどのような影響を与えているのかを国内の専門家を交えて議論します。日英通訳あり。無料。 日時:1月30日午後6時-7時半 場所:早稲田大学22号館201室(東京都新宿区西早稲田1-7-14) 共催:日本ファクトチェックセンター(JFC)、Code for Japan、早稲田大次世代

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
食品の放射能残留基準をゆるく変更? 2012年から逆に厳しくなった【ファクトチェック】

食品の放射能残留基準をゆるく変更? 2012年から逆に厳しくなった【ファクトチェック】

2024年から食品の放射能濃度の残留基準がゆるくなったという情報が拡散しましたが、誤りです。基準の変更は2012年で、拡散した情報とは逆に基準は厳しくなりました。 検証対象 2025年1月8日、「2024年から食品中の放射能濃度(セシウム137) の残留基準は、極めて高濃度に設定されました。特に水は以前の25万倍です」という情報が拡散した。投稿には「事故前(H20年度)の食品放射線量」と「厚生労働省H24年度基準値」を比較した表が添付されている。 2025年1月17日現在、この投稿は1000件以上リポストされ、表示回数は20万回を超える。投稿について「ゴールをずらすってやつ」「こうでもしない限りあちこちで基準値超えがでてくる」というコメントの一方で「注釈ちゃんと読んだ?」と間違いを指摘する声もある。 検証過程 基準値の変更は2012年 拡散した情報には「2024年に変更された」とあるが、添付された画像を確認すると「事故前(H20年)」と比較して「H24年度基準値」とある。西暦では「2012年度」となり、単純な間違いだ。検証対象の投稿をしたアカウント

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
米フロリダ州の調査でコロナワクチンが生物兵器と判明? ニュースを誤読【ファクトチェック】

米フロリダ州の調査でコロナワクチンが生物兵器と判明? ニュースを誤読【ファクトチェック】

アメリカ・フロリダ州の調査で新型コロナワクチンが生物兵器だと判明したという情報が拡散しましたが、誤りです。根拠とされているニュースは共和党員から「ワクチンは生物兵器で違法にせよ」と州知事に訴える動きがあると伝えたものです。 検証対象 2025年1月13日、Xでアメリカのニュース映像に日本語で「フロリダ州の調査で、新型コロナワクチンが生物兵器であることが判明しました」と書かれた投稿が拡散した。 この投稿は、30万を超す閲覧と2800以上のリポストがあり、「全てのワクチンは人口削減兵器」「日本でも報道してほしい」といったコメントがついている。 コミュニティノートがついて「フロリダの調査で判明ではなく、フロリダのブラバード郡の共和党の執行部が、何かに基づいて、そういう主張をしているに、すぎません」と指摘している。 検証過程 映像は米フロリダ州CBS系列局のニュース 日本ファクトチェックセンター(JFC)は、投稿のニュース映像を確認した。映像の中に見えるCBS12やI-TEAMでGoogle検索するとフロリダ州のWPECというCBS系列局のニュースである

By 宮本聖二