北海道の先住民族はアイヌではなく縄文人?【ファクトチェック】
「北海道の先住民族はアイヌではなく、縄文人で大和民族である」と主張する言説が拡散しましたが、誤りです。日本政府も国連もアイヌを北海道の先住民族だと認めています。専門家も「日本が近代国家になる前から北海道の主要な住民」だと指摘しています。
検証対象
2024年5月28日、「北海道の先住民族は縄文人です!アイヌじゃありません!」という文言と動画のついたポストが拡散した。このポストは7月10日現在、45万回以上の表示回数と750以上のリポストがある。
動画には「北海道はアイヌの物ではない!」という文言があり、作家の竹田恒泰氏が「アイヌは鎌倉時代にできた民族なので北海道の先住民族は縄文人なんです。何なら大和民族なんです」などと語っている。
日本ファクトチェックセンター(JFC)は、「北海道の先住民族はアイヌではなく縄文人だ」という言説について検証した。
検証過程
日本はアイヌが先住民族であると認めている
日本政府は、アイヌが北海道の先住民族であると認めている。内閣官房アイヌ総合政策室のウェブサイトの「アイヌ政策の概要」には、「アイヌの人々は、日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族です」とある。
2019年には「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現させるための施策の推進に関する法律」(アイヌ施策推進法)が成立。第1条に「北海道の先住民族であるアイヌの人々」と書かれている。
政府がアイヌを先住民族とした経緯
2007年9月13日、国連総会で「先住民族の権利に関する国連宣言(日本語訳版はこちら)」が採択され、日本政府も賛成した。
2008年6月6日、衆参両院で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が全会一致で採択された(参議院、衆議院) 。決議後、「我が国が近代化する中で多数のアイヌの人々が等しく日本国民でありながら差別され、貧窮を余儀なくされたと言う歴史的事実を、政府として改めて厳粛に受け止めなければならない」と町村信孝内閣官房長官(当時)が表明している(参議院本会議)。
国連もアイヌを先住民族と認める
国連は、アイヌを先住民族と認めている(国連「State of the World’s Indigenous Peoples(世界の先住民族の現状)」39ページ) 。ここでは、日本の先住民族としてアイヌとともに「Okinawans or Ryukyuan(沖縄人もしくは琉球人)」も記述している。
国連では、映像コンテンツでも、日本の先住民族としてのアイヌを紹介している(AINU : Indigenous Peoples in Japan Web TV)。
国立アイヌ民族博物館 佐々木史郎館長インタビュー
JFCは、国立アイヌ民族博物館の佐々木史郎館長に「北海道の先住民族はアイヌではなく縄文人」という言説について取材した。
文化人類学者の佐々木館長は、拡散した言説における「先住民族」の定義が間違っていると指摘し、次のように話した。
「アイヌは日本が近代国家になる前から北海道の主要な住民でした。その近代国家による開拓政策、植民地政策、同化政策によってアイヌはいろいろな権利を奪われていきました。そういう過程を経た人々を『先住民族』と定義しているのです」
「ですから、近代国家となった日本が、北海道などにおいて具体的な政策を展開した段階で、アイヌがすでに北海道で暮らしていたということが、すなわち先住民族であるということなのです」
先住民族は縄文人?
北海道の先住民族は縄文人であるという主張はどうか。
「文化人類学からすると縄文人という『民族』はおそらく存在しないと考えます。縄文土器という言葉があります。縄を土器の器面に転がして紋様をつける、その技法は広い範囲に見られ、そのような技法を持ち、そのような土器を使う人々を広く「縄文人」と呼ぶことは可能かもしれません。しかし、その技法を共有していたからといって、民族としてのアイデンティティーを共有していたかというとそれは考えられません。縄文文化は時代ごとに、地域ごとに非常に多様だからです」
「幻想の縄文人という『民族』を創って、現代の大和民族あるいは他のどれか一つの民族の祖先だとするのは論理の飛躍があって、学術的には意味がないです。現代のそれぞれの民族のルーツが何千年もの間、不変であるということは考えられません。様々な集団が離合集散を繰り返してきたと考えるのが自然です」
アイヌ文化は鎌倉時代にできたわけではない
拡散した動画の中ではアイヌ文化は鎌倉時代にできたとも語られている。
「擦文文化のあとに13世紀にアイヌ文化が現れたというのも錯覚です。縄文と同様に、擦文も土器の文様から命名された時代を示す指標です。ただ、土器を作らずに、鉄鍋を使うようになった時代を『アイヌ文化(期)』と考古学上で呼んでしまったことから、民族が突然誕生したような誤解を与えているのです」
「考古学の最新の知見では、擦文文化から徐々に変化していって17世紀近世以降に見られるようなアイヌ文化に移行していく間に大きな人の入れ替わりはない。擦文文化を担っていた人たちが自分たちの文化を変えていく。変わっていった要因は本州や大陸との交易が飛躍的に発展したからです。擦文文化もその前の続縄文文化も、アイヌの祖先が担っていたはずです」
「ただ、こう言った歴史的な背景というのはアイヌが先住民族であるかないかという議論と直結するものではありません。先住民族であるかどうかは、近代国家が成立する過程でその住民(アイヌ)がどういう立場、境遇に置かれ、どういうことがなされてきたのかで定義されます」
判定
「北海道の先住民族はアイヌではなく縄文人」は誤り。日本政府も国連も北海道の先住民族はアイヌだと認めており、専門家は日本という近代国家が成立する過程で、すでに北海道に住んでいたアイヌがどのような境遇に置かれていたのか、という点が重要だと指摘する。
検証:宮本聖二
編集:古田大輔
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