「信長の南蛮鎧」とエチオピアの鎧を比較する研究論文がある? 論文の「著者」とされた人は執筆を否定【ファクトチェック】

「信長の南蛮鎧」とエチオピアの鎧を比較する研究論文がある? 論文の「著者」とされた人は執筆を否定【ファクトチェック】

織田信長が所有した南蛮胴とエチオピアの鎧を比較した学術論文が存在するという言説が拡散しましたが、誤りです。「CiNii Research」や「researchmap」などのデータベースに存在せず、論文の「著者」に名前の挙がった研究者は、当該論文の執筆を否定しています。生成AIが提示した架空の論文である可能性があります。

検証対象

検証対象は「『弥助 YASUKE』に関する資料調査報告」と題するブログ記事。記事では「信長の南蛮鎧」という項目で「『信長の南蛮鎧とエチオピア様式』(山田雄司著, 『歴史学研究』第86巻第1号, 2017年)」という研究論文を紹介している。

この記事の記述をめぐって2024年8月5日、「引用されてる『信長の南蛮鎧とエチオピア様式』(山田雄司著, 『歴史学研究』第86巻第1号, 2017年)なんて論文存在しないしな…。」と指摘する投稿があった。この投稿は8月13日までに、8万回以上の表示回数を獲得している。

検証過程

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、「『信長の南蛮鎧とエチオピア様式』(山田雄司著, 『歴史学研究』第86巻第1号, 2017年)」が実在する研究論文か調査した。

研究者の業績データベースに当該論文はなかった

まず、研究者の業績を管理・発信するデータベース「researchmapで著者とされる「山田雄司」を確認した。

研究者検索で「山田雄司」と検索すると、三重大学に所属する同名の研究者が1名ヒットした。山田雄司氏の研究者ページを確認したところ、同氏の主な研究テーマ・関心は「忍者」「神道」「信仰」だとわかった。 

また、researchmapの業績検索で論文タイトル「信長の南蛮鎧とエチオピア様式」と検索したところ、該当する論文はなかった。ただし、researchmapは研究者が自身で業績をデータベースに追加することになっているため、当該論文を業績に追加していない可能性もある。

論文検索データベース「CiNii Research」で当該論文を検索したところ、「信長の南蛮鎧とエチオピア様式」をタイトルにした論文、書籍や研究プロジェクトは存在しなかった。

また、検証対象の言説が「論文を掲載している」と主張する「歴史学研究」というタイトルを、書籍や雑誌を検索するCiNii Books検索すると、同名の学術雑誌は6誌あったが、いずれも2017年に86巻1号を発行していない。

論文の「著者」が執筆を否定

JFCは、論文『信長の南蛮鎧とエチオピア様式』の「著者」として名前の挙がった三重大学人文学部の山田雄司教授に問い合わせた。

山田教授はJFCの取材に対し、「私の研究分野と違いますし、こうした論文を書いたことは一切ありません。なぜ『山田雄司著』となっているのか不思議でなりません」とコメントし、論文の著者であることを否定した。

生成AIによる架空の論文の可能性も

ChatGPTなどの生成AIを利用すると、参考文献などとして実在しない架空の論文を提示してくることがある。

JFCは、検証対象となっている論文「『信長の南蛮鎧とエチオピア様式』(山田雄司著, 『歴史学研究』第86巻第1号, 2017年)」についてChatGPTに問いかけた。

論文情報のみを送信したところ、論文の要約をしたうえで「織田信長の南蛮鎧を通じて、日本とヨーロッパ、さらにはアフリカとの歴史的なつながりを深く理解するための貴重な資料」「山田雄司は多角的な視点から、歴史的背景と文化的影響を精緻に描き出している」と評価した。

「『信長の南蛮鎧とエチオピア様式』(山田雄司著, 『歴史学研究』第86巻第1号, 2017年)について教えてください」という質問に対しては、「信長が異国文化を積極的に取り入れた背景やその影響について、具体的な事例や資料を通じて詳しく解説」「信長が南蛮文化に対してどのような興味を持ち、それをどのように自身の軍事力や権力の象徴として利用したかについても考察」していると分析した。

しかし、「『信長の南蛮鎧とエチオピア様式』(山田雄司著, 『歴史学研究』第86巻第1号, 2017年)は実在する論文ですか?」と質問すると、「論文の実在は確認できませんでした。検索した範囲では、この論文に関する具体的な情報は見つかりませんでした。おそらく、この論文は実在しないか、異なるタイトルで発表されている可能性があります」と回答した。

判定

「信長の南蛮鎧」とエチオピアの鎧を比較する研究論文があるとする言説は誤り。論文データベースでは見つからず、掲載雑誌とされたものと同名の雑誌は複数存在するが、いずれも2017年に86巻1号を発行していない。執筆者として名前が上がった山田教授も否定している。

あとがき

生成AIは事実ではない情報を回答してくることがあり、ハルシネーション(幻覚)と呼ばれます。実在しない書籍やサイトを出典としてあげたり、質問に対して実在しない人物や都市や店舗などを回答してくることもあります。

便利なツールですが、必ず事実確認をするようにしましょう。

検証:リサーチチーム
編集:古田大輔、藤森かもめ

判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。検証記事を広げるため、XFacebookYouTubeInstagramでのフォロー・拡散をよろしくお願いします。毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンからどうぞ。

また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報について質問すると、AIが関連性の高い過去のJFC記事をお届けします。詳しくはこちらの記事を

もっと見る

立花氏が「県警が否定」報道直後に投稿削除 新聞による「ファクトチェック」の効果と公的機関の発信の重要性

立花氏が「県警が否定」報道直後に投稿削除 新聞による「ファクトチェック」の効果と公的機関の発信の重要性

兵庫県の元県議急死に関して「昨年から県警の取り調べを受けていた」「逮捕が怖くて自ら命を絶った」などとソーシャルメディアで発言していた政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が、投稿を削除しました。産経新聞などが県警に取材し、捜査や逮捕を否定したと報じたことが影響したと見られます。 これまで日本の新聞やテレビなどの報道機関はインターネット上の偽・誤情報などの検証に消極的でした。しかし、YouTubeやTikTok、XやFacebookなどソーシャルメディアの影響力が増す中で、その姿勢に変化が見られます。日本ファクトチェックセンター(JFC)などのファクトチェック組織と違う報道機関ならではの検証の果たせる機能と公的機関の情報発信について解説します。 元県議をめぐる立花氏の投稿と削除 兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などを調査する県議会調査特別委員会(百条委)の委員だった竹内英明元県議が1月18日に急死した。自殺と見られると報じられている(朝日新聞、産経新聞)。 これに対し、立花氏は19日にXで「竹内元県議は、昨年9月ごろから兵庫県警からの継続的な任意の取り調べを

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
繰り返す災害時の偽情報/欧州でプラットフォーム事業者への批判高まる【今週のファクトチェック】

繰り返す災害時の偽情報/欧州でプラットフォーム事業者への批判高まる【今週のファクトチェック】

日向灘を震源とする地震が発生すると別の災害の映像や人工地震説の偽情報が拡散しました。ヨーロッパでは、偽情報の拡散へのプラットフォーム事業者の対策を疑問視して批判を強めています。パリ市はXの利用をやめました。 ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 JFCからのニュース セミナー「新たなテクノロジーと偽情報 -AIの脅威と活用-」 AIなどを活用したデジタル・プロパガンダの研究者として知られるサミュエル・ウーリー ピッツバーグ大准教授が来日するのを機に、国境を超えて拡散する偽情報や影響工作、そこにテクノロジーがどのような影響を与えているのかを国内の専門家を交えて議論します。日英通訳あり。無料。 日時:1月30日午後6時-7時半 場所:早稲田大学22号館201室(東京都新宿区西早稲田1-7-14) 共催:日本ファクトチェックセンター(JFC)、Code for Japan、早稲田大次世代

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
食品の放射能残留基準をゆるく変更? 2012年から逆に厳しくなった【ファクトチェック】

食品の放射能残留基準をゆるく変更? 2012年から逆に厳しくなった【ファクトチェック】

2024年から食品の放射能濃度の残留基準がゆるくなったという情報が拡散しましたが、誤りです。基準の変更は2012年で、拡散した情報とは逆に基準は厳しくなりました。 検証対象 2025年1月8日、「2024年から食品中の放射能濃度(セシウム137) の残留基準は、極めて高濃度に設定されました。特に水は以前の25万倍です」という情報が拡散した。投稿には「事故前(H20年度)の食品放射線量」と「厚生労働省H24年度基準値」を比較した表が添付されている。 2025年1月17日現在、この投稿は1000件以上リポストされ、表示回数は20万回を超える。投稿について「ゴールをずらすってやつ」「こうでもしない限りあちこちで基準値超えがでてくる」というコメントの一方で「注釈ちゃんと読んだ?」と間違いを指摘する声もある。 検証過程 基準値の変更は2012年 拡散した情報には「2024年に変更された」とあるが、添付された画像を確認すると「事故前(H20年)」と比較して「H24年度基準値」とある。西暦では「2012年度」となり、単純な間違いだ。検証対象の投稿をしたアカウント

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
米フロリダ州の調査でコロナワクチンが生物兵器と判明? ニュースを誤読【ファクトチェック】

米フロリダ州の調査でコロナワクチンが生物兵器と判明? ニュースを誤読【ファクトチェック】

アメリカ・フロリダ州の調査で新型コロナワクチンが生物兵器だと判明したという情報が拡散しましたが、誤りです。根拠とされているニュースは共和党員から「ワクチンは生物兵器で違法にせよ」と州知事に訴える動きがあると伝えたものです。 検証対象 2025年1月13日、Xでアメリカのニュース映像に日本語で「フロリダ州の調査で、新型コロナワクチンが生物兵器であることが判明しました」と書かれた投稿が拡散した。 この投稿は、30万を超す閲覧と2800以上のリポストがあり、「全てのワクチンは人口削減兵器」「日本でも報道してほしい」といったコメントがついている。 コミュニティノートがついて「フロリダの調査で判明ではなく、フロリダのブラバード郡の共和党の執行部が、何かに基づいて、そういう主張をしているに、すぎません」と指摘している。 検証過程 映像は米フロリダ州CBS系列局のニュース 日本ファクトチェックセンター(JFC)は、投稿のニュース映像を確認した。映像の中に見えるCBS12やI-TEAMでGoogle検索するとフロリダ州のWPECというCBS系列局のニュースである

By 宮本聖二