新型コロナワクチン接種開始後38万人が超過死亡?【ファクトチェック】(修正あり)
「ワクチンの接種が始まってから2年半で38万人以上の超過死亡」という言説が拡散していますが、誤りです。ワクチン接種が始まった2021年5月から2年半の間で、国立感染症研究所が公表する超過死亡の推定と大きく異なります。また、この数値が「ワクチンによるもの」というわけではありません。
検証対象
日本ファクトチェックセンター(JFC)のLINEのAIチャットに「ワクチンが始まって2年半で36万人の超過死亡は本当か?」と質問がきた。JFCが調べるとX(旧Twitter)では「日本国内の超過死亡が接種前比で38万人以上になる」など30万人以上の超過死亡がいるとの投稿が拡散し、中には150万回以上閲覧されているものがある(例1、例2、例3)。
こうした投稿には、「40万て言ったら金沢や町田の人口ほぼ全てに迫る」や「高齢者を中心に寿命を短くしたいから、かな」などのリポストのほか、「高齢者の人口が増えたのが一番では」などの反応もある。
検証過程
超過死亡数のデータは国立感染研が公開
「超過死亡」とは過去データから例年並みの死者数を予測し(予測なので数値に幅がある)、実際の死亡者数と比較した数字だ。実際より多いと超過死亡、少ないと過少死亡と呼ぶ。
感染研は、国内でワクチン接種を始めた2021年5月から2023年10月までの2年半で、超過死亡は7万4810人から19万1285人、過小死亡は0から2万3013人だったというデータを発表している。前者から後者を引いた7万4810~16万8272人が大まかな超過死亡の規模感と言える。
超過死亡数の算出に関しては単一の推定手法があるわけではない。感染研は「日本の研究班も現時点では適切な算出手法だとしても、絶対的な正解はない」と説明する。検証対象の言説は、少なくとも感染研の示すデータとは大きく異なる。
超過死亡数の算出は国や地域によって異なる。WHOのサイトでは超過死亡を「危機における総死亡者数が平常時に予想される死亡者数と比較して異なること」と説明しているが、感染研は新型コロナ流行後も含む「過去5年間のデータ」と比較している。
この点について感染研は「COVID-19流行以降も含むデータを用いて超過死亡を推定するという分析アプローチは、endemic期における「本来ならば発生していたであろう死亡者数」を推定することが、実態(新たな通常状態)をより正確に反映するという考え方に基づいています。そのため、当研究班の方針が現時点の超過死亡推定においては、より適切な方法であると考えています」と話す。
Xの投稿につけられた表は、厚労省が調査・発表する人口動態統計の月毎の死亡者数を一覧にしたもので、増加したとして示された数字は「超過死亡」ではない(厚労省・人口動態統計調査)。
「超過死亡=ワクチンによるもの」ではない
また感染研は、超過死亡が「ワクチンによるもの」とは発表していない。感染研は、このデータについて「原因を特定する機能は有していない」と説明している(国立感染症研究所・超過死亡の迅速把握)。
厚労省は、接種後に死亡した事例をまとめて公表している。「現時点で、ワクチン接種との因果関係が否定できないとされた事例が2例あり、その他の事例についてはワクチン接種との因果関係があると判断されていません」(厚労省:新型コロナワクチンQ&A)。ワクチン接種との因果関係が否定できないという事例は2件だけだ。JFCが厚労省に取材したところ、2024年2月5日時点でこの2件以外に追加の事例はないという。
「ワクチン接種との因果関係が否定できない」というのは、厚労省がワクチン接種後に生じた副反応について審議会に報告し、専門家が評価した結果だという。
2022年2月28日に実施された厚労省「第76回厚生科学審議会 予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会」の資料によると、各地域での超過死亡のピークはワクチン接種の増加時期よりも、1カ月以上ずれているという。また、2021年4月頃から超過死亡が増えたと観測された地域では、第4波によって、患者がこれまでにない規模で急増して救急医療体制が逼迫した影響があると報告している。
NHKは超過死亡について、2021年は、新型コロナの変異ウイルスのアルファ株やデルタ株によって、2022年はオミクロン株によって死者が増えたのではないかという専門家の解説を紹介している。
朝日新聞はデータを分析して、循環器系の病気や老衰、呼吸器の病気の死者が増えている点に着目。専門家の見解として、医療逼迫による対応の遅れやコロナ感染による合併症にかかったりする例があったのではないかと解説している。
厚労省の人口動態統計によると2022年の死者数は156万9050人で、前年より12万9194人増え、過去最多となった(厚労省・人口動態統計『確定数』の概況)。そのうち新型コロナウイルス感染症が原因の死亡者は4万7638人だ。
判定
(コロナ)ワクチン接種から2年半で超過死亡が38万人は、誤り。感染研が公表する超過死亡の推定と大きく異なり、また、因果関係は特定されていない。
あとがき
JFCではLINEでAIチャットを運営しています。ユーザーからの質問に最も関係がありそうな記事をJFCのデータベースから届ける仕組みになっており、関係しそうな記事がない場合も、その質問を編集部が確認して、このように検証記事につながることもあります。
記事文末にあるQRコードから、ご活用ください。
検証:宮本聖二
編集:藤森かもめ、古田大輔
追記と修正:(2024年3月25日)
鈴村氏からのご指摘と修正
2024年2月6日にJFCが検証記事を公開した後、医学博士の鈴村泰氏が「超過死亡に関する日本ファクトチェックセンターの記事をファクトチェック」という記事を2月15日に公開しました。記事ではJFCの「判定自体は正しい」と前置きした上で、以下の点で検証過程の不備を指摘しています。
1 感染研のグラフの読み方を理解していない
2 超過死亡数の計算方法が複数提案されていることを理解していない
3 感染研が提示する超過死亡はWHOが定義する超過死亡と異なることを理解していない
JFCで改めて検証記事について検討し、鈴村氏のご指摘や感染研に改めて取材をした内容を含めて追記し、記事を修正させていただきます。
1 感染研のグラフの読み方について
当初のJFCの記事では感染研のグラフをもとに「超過死亡は7万4810人から19万1285人だったというデータを発表」と記していました。鈴村氏の指摘は感染研の示す死亡数について「確かに超過死亡数は、74,810~191,285人です。しかし、過少死亡数は、0~23,013人です。したがって、正味の超過死亡数は、74,810~168,272人です。他で公表されている超過死亡数と比較する場合は、過少死亡数を引いた数値で比較する必要があります」というものでした。
JFCは感染研にもグラフの読み方について確認しました。感染研のダッシュボードで示している「超過死亡」と「過小死亡」については「統計学的に分けて推定しているので、単純に両者の差を求めることは統計学的方法において誤ったものとみなされるため行っていないが、大まかな超過死亡の規模感を知るには間違いとは言えない」という回答でした。JFCの記事の記述については、以下のように追記いたします。
修正前:「感染研は、国内でワクチン接種を始めた2021年5月から2023年10月までの2年半で、超過死亡は7万4810人から19万1285人だったというデータを発表している」
修正後:「感染研は、国内でワクチン接種を始めた2021年5月から2023年10月までの2年半で、超過死亡は7万4810人から19万1285人、過小死亡は0から2万3013人だったというデータを発表している。前者から後者を引いた7万4810~16万8272人が大まかな超過死亡の規模感と言える」
2 超過死亡数を出す算出方法について
鈴村氏の指摘通り、超過死亡数の算出方法は一つではありません。当初のJFCの記事では「ワクチン接種後の超過死亡が38万人」という言説が誤りであるという検証の根拠として、感染研のデータを挙げましたが、これではあくまで感染研の算出法に基けば、という前提の元での検証に止まっていることになります。この点について、より詳細な説明を付け加えるべきでした。
感染研の研究チームからも「超過死亡の算出は世界で単一の推定手法があるわけでなく国や機関で異なり、日本の研究班も現時点では適切な算出手法だとしても、絶対的な正解はない」というコメントをいただきました。記事中に以下を追記いたします。
追記:超過死亡数の算出に関しては単一の推定手法があるわけではない。感染研は「日本の研究班も現時点では適切な算出手法だとしても、絶対的な正解はない」と説明する。検証対象の言説は、少なくとも感染研の示すデータとは大きく異なる。
3 感染研が提示する超過死亡はWHOが定義する超過死亡と異なる
2においても触れた通り、超過死亡の算出方法は一つではありません。そのため、検証をより正確で十分なものにするためには、その他の検証方法などにも触れておくべきでした。鈴村氏の指摘は以下の通りです。
「超過死亡という概念は、1973年にWHOによりインフルエンザ発生動向の監視や包括的健康影響評価を目的として提唱されました。WHOは超過死亡数を「平時に予想される死亡数と危機発生時の死亡数の差」と定義しています。そのためWHO、米国CDC、Our World in Dataではパンデミック以前のデータを比較データとして使用しています。一方、感染研は過去5年のデータを比較データとして使用しています」
この点についても、改めて感染研に問い合わせたところ、データの違いについて、以下のような解説がありました。
<以下、引用>
当研究班のCOVID-19流行以降も含むデータを用いて超過死亡を推定するという分析アプローチは、endemic期における「本来ならば発生していたであろう死亡者数」を推定することが、実態(新たな通常状態)をより正確に反映するという考え方に基づいています。そのため、当研究班の方針が現時点の超過死亡推定においては、より適切な方法であると考えています。
一方で超過死亡という指標は100年近い歴史の中で様々な推定方法が考案されており、国際機関や国際学会で単一の統計学的手法(用いるデータの期間を含む)が定められているわけではなく、むしろ目的や個別の実情を考慮して研究者や機関ごとに工夫して研究されてきたものであることも踏まえておく必要があります。
実際、今回のCOVID-19パンデミック以降に限っても、米国CDCは当初はCOVID-19流行以降をデータに含めていませんでしたが、次第に推定に支障をきたすようになり、2023年初めに推定方法を変更した後に、2023年9月以降はダッシュボードを閉鎖しました。同様に、EUROMOMOは2020年以降のデータを除外していましたが2023年春以降を含めるようにした、といった経緯もございます。
更に、英国では機関や地域ごとに全く別の手法で推定していましたが、最近英国国家統計局が、コンセンサスが取れた新たな推定手法を提案しています。
このように国際的にみても単一の正しい推定手法や正しい値があるわけではなく、目的とその国の事情を踏まえて総合的に妥当な方法を探りながら適宜修正を行ってきているのが実情です。こういった個別の事情の多様性が今回のパンデミックを機に顕在化し、超過死亡の定義や解釈を巡る混乱のひとつの要因となっている可能性は否定できません。
最後に、当研究班の考え方も、あくまでも現時点での判断であり、新しい通常状態の捉え方に依存するため、絶対的な正解はなく、今後の感染動態に依存して判断の妥当性が左右される部分もあるということを申し添えます。
<引用ここまで>
上記を踏まえた上で、JFCの記事には以下のように追記を加えます。
追記:超過死亡数の算出は国や地域によって異なる。WHOのサイトでは超過死亡を「危機における総死亡者数が平常時に予想される死亡者数と比較して異なること」と説明しているが、感染研は新型コロナ流行後も含む「過去5年間のデータ」と比較している。
この点について感染研は「COVID-19流行以降も含むデータを用いて超過死亡を推定するという分析アプローチは、endemic期における「本来ならば発生していたであろう死亡者数」を推定することが、実態(新たな通常状態)をより正確に反映するという考え方に基づいています。そのため、当研究班の方針が現時点の超過死亡推定においては、より適切な方法であると考えています」と話す。(追記ここまで)
前文と判定の修正
また、以上の3点から前文と判定にあった「超過死亡の推定値は最大約19万人」などという文言も修正し、「感染研が公表する超過死亡の推定と大きく異なる」と修正します。
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。検証記事を広げるため、X、Facebook、YouTube、Instagramでのフォロー・拡散をよろしくお願いします。毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンからどうぞ。
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