水仙の致死量は10g? マウスの実験結果でヒトの致死量ではない【ファクトチェック】

水仙の致死量は10g? マウスの実験結果でヒトの致死量ではない【ファクトチェック】

「スーパーの野菜売り場に水仙が並んでいた」「水仙の致死量は10g」という投稿がありましたが、誤りです。マウスの実験では、体重1kgあたり10gを口から摂取した時に半数が死亡するというデータがありますが、人間のものではありません。人間の致死量データは確認できず、投稿者も翌日に訂正しています。

追記:本文に記載しているように「致死量が10g」は誤りですが、過去10年で食中毒237件、死亡1件が発生しています。ご注意ください。(2月19日)

検証対象

2025年1月14日、「地場野菜コーナーにめちゃくちゃ紛らわしい感じで水仙が並んでいて怖すぎたので一応店員さんに伝えて帰ってきた」という画像付きの投稿があった。投稿主は同日に「水仙の致死量、10gです」とも追記し、Xで拡散した。

2025年2月17日現在、元の投稿は16000件以上リポストされ、表示回数は1700万件を超える。「これは危ない!」と同調する声の一方で、「体重に対して1kgあたり10グラムです」という指摘もある。

投稿者は、投稿した翌日にスレッドで「補足の致死量10gに関して訂正の指摘あり 気が動転した時ほどしっかりした資料を見ないとですね…ありがとうございます」と訂正した。

検証過程

「体重1kgあたり約10g」は、ヒトでなくマウス

投稿者は、訂正の投稿に下記の資料を添付している。資料は「平成 22 年度食品安全確保総合調査 『輸入食品等の摂取等による健康影響に係る緊急時に対応するために実施する各種ハザード(微生物・ウイルスを除く。)に関する文献調査報告書』(食品安全委員会)」から、三菱総合研究所が抜粋したものだ。

抜粋元となる食品安全委員会の資料の771ページ目には「マウス経口LD50(※注) 10,700mg/kg」、すなわち「マウスが体重1kgあたり10.7gを口から摂取した場合、その半数が死亡する」と書かれている。

※注:化学物質の急性毒性の指標で、実験動物集団に投与した場合に、統計学的に、ある日数のうちに半数(50 %)を死亡させると推定される量のこと(食品安全委員会)。

この「体重1kgあたり約10g」という記載は、ヒトではなく、マウスの結果である。ただし、この出典とされる「日本中毒情報センター ヒガンバナ科植物」のURLは現在アクセスできない。

過去10年の食中毒は237件、死亡は1件

日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ヒトの水仙の致死量について調べた。

厚生労働省が公開する「自然毒のリスクプロファイル:高等植物:スイセン類」によると、スイセンはニラと似ているため、誤ってスイセンを食べることによる食中毒の事例が度々ある。厚労省のリーフレット「有毒植物に要注意」によると、2014から2023年の10年間に、スイセンで食中毒になったのは237件で、死亡は1件と書かれている。

いくつかのサイトでは、スイセンの致死量を「10g」と書いており、前述の厚生労働省の「自然毒のリスクプロファイル」を出典として示している(例1例2例3)。ただし、現在公開されている厚労省「自然毒のリスクプロファイル」には、スイセンの致死量についての記述がない。

JFCは厚労省の過去のサイトをInternet Archiveで調べた。それによると、2016年6月4日まで、厚労省の「自然毒のリスクプロファイル」のページで、「スイセンの致死量は 10g である」と記載していた。それ以降のサイトには致死量の記述が見つからない。

記載内容の変更経緯

この記述の変化について、当該記述を作成した医薬基盤・健康・栄養研究所薬用植物資源研究センターに問い合わせたところ、以下の回答を得た。

「当初はスイセンの有毒成分の一つであるリコリンの『動物』に対する半数致死量(LD50)を、スイセンそのものの『ヒト』に対する半数致死量と取り違えて記載していた。その後、当該記載について取り違えた記載ではないかとの指摘を受けて、サイトの運営者である厚生労働省に記述の削除を依頼した」

つまり、2016年段階での「スイセンの致死量が10g」というのは、誤った記載だった。さらに、医薬基盤・健康・栄養研究所薬用植物資源研究センターは、現在わかっているスイセンの致死量について以下のように説明した。

「『ヒト』に対する致死量に関して調べた限りでは直截的に示すデータは見当たらなかった。ただし、スイセンの有毒成分である「リコリン、タゼチン」は、『イヌ』における致死量はそれぞれ体重1kgあたり42 mg、71 mgと報告されている(出典)。これらは『イヌ』における推定結果であり、またスイセンの種類によっても有毒成分の含有量が異なると思われるので、『ヒト』における致死量は明らかではないと思われる」

(出典)  The Medicinal and Poisonous Plants of Southern and Eastern Africa(SECOND EDITION). 発行年1962年、p. 40、著者John Mitchell Watt他、発行元E. & S. LIVINGSTONE LTD. EDINBURGH AND LONDON

判定

スイセンの毒性については、マウスの経口投与における半数致死量が体重1kgあたり10gで「ヒトの致死量」ではない。また、ヒトの致死量は明らかではない。したがって、誤りと判定する。

あとがき

スイセン致死量と検索すると、致死量が10gであるかのようなまとめが見つかる。このようにページの内容をまとめて示してくれる「強調スニペット(Google)」は不確実な情報を含む場合があるため、出典を確かめることが重要です。

また、信頼性が高いと思われる機関からの発信でも時には誤りがあります。複数の出典を確認し、矛盾が見つかった場合にはさらに慎重に確認するようにしましょう。

検証:リサーチチーム
編集:古田大輔、藤森かもめ、野上英文

判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。

毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録(無料)は、上のボタンから。また、QRコード(またはこのリンク)からLINEでJFCをフォローし、気になる情報を質問すると、AIが関連性の高いJFC記事をお届けします。詳しくはこちら

ファクトチェックやメディア情報リテラシーについて学びたい方は、こちらの無料講座をご覧ください。ファクトチェッカー認定試験や講師養成講座も提供しています。

理論から実践まで学べるJFCファクチェック講座 20本の動画と記事を一挙紹介
日本ファクトチェックセンター(JFC)は、YouTubeで学ぶ「JFCファクトチェック講座」を公開しました。誰でも無料で視聴可能で、広がる偽・誤情報に対して自分で実践できるファクトチェックやメディアリテラシーの知識を学ぶことができます。 理論編と実践編の中身 理論編では、偽・誤情報の日本での影響を調べた2万人調査の紹介や、間違った情報を信じてしまう背景にある人間のバイアス、大規模に拡散するSNSアルゴリズムなどを解説しています。 実践編では、画像や動画や生成AIなど、偽・誤情報をどのように検証したら良いかをJFCが検証してきた事例から具体的に学びます。 JFCファクトチェッカー認定試験を開始 2024年7月29日から、これらの内容について習熟度を確認するJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。誰でもいつでも受験可能です(2024年度中は受験料1000円、2025年度から2000円)。 合格者には様々な技能をデジタル証明するオープンバッジ・ネットワークを活用して、JFCファクトチェッカーの認定証を発行します。 JFCファクトチェッカー認定試験
JFCファクトチェッカー認定試験 教材と申し込みはこちら
日本ファクトチェックセンター(JFC)はJFCファクトチェッカー認定試験を開始します。YouTubeで公開しているファクトチェック講座から出題し、合格者に認定証を授与します。 拡散する偽・誤情報から身を守るために 偽・誤情報の拡散は増える一方で、皆さんが日常的に使用しているSNSや動画プラットフォームに蔓延しています。偽広告や偽サイトへのリンクなどによる詐欺被害も広がっています。 JFCが国際大学グロコムと実施した2万人を対象とする調査では、実際に拡散した偽・誤情報を51.5%の割合で「正しいと思う」と答え、「誤っている」と気づけたのは14.5%でした。 自分が目にする情報に大量に間違っているものがある。そして、誰もが持つバイアスによって、それが自分の感覚に近ければ「正しい」と受け取る傾向がある。インターネットはその傾向を増幅する。 だからこそ、ファクトチェックやメディアリテラシーに関する知識が誰にとっても必須です。 JFCファクトチェック講座と認定試験 JFCファクトチェック講座(YouTube, 記事)は、2万人調査を元に偽・誤情報の拡散経路や
JFCファクトチェック講師養成講座 申込はこちら
日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は12月22日で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei1222.peatix.com/event/4221579/view 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的に

もっと見る

繰り返し拡散する「女性にAED使用で訴えられる」 警察や弁護士の解説による正しい知識で救命を

繰り返し拡散する「女性にAED使用で訴えられる」 警察や弁護士の解説による正しい知識で救命を

男性が女性にAEDを使うと「性被害などで訴えられるリスクがあるので、使わない方がよい」と呼びかける情報が、何度も拡散しています。警察庁は訴えられた事例を「把握していない」と取材に答えましたが、これだけでは「訴えられるリスクがない」とまでは言えません。「◯◯がない」と証明するには全ての事例を調べる必要があり、いわゆる「悪魔の証明」です。 一方で、証明が困難だからとこのような情報を放置しては、AED使用をためらって、女性の命を脅かす事態を招きかねません。日本ファクトチェックセンター(JFC)は警察や専門家への取材で、AED使用をめぐる現状をまとめました。 結論を先に言えば、必要なときはためらわず、女性にもAEDを使いましょう。 「女性にAEDを使用しないで」あいつぐ心配の声 検証のきっかけは、2025年1月20日に拡散した以下の情報でした。 この投稿は表示件数が2月18日現在40.6万件を超え、1000回以上リポストされています。 1月22日には、多くのフォロワーがいるひろゆき氏が、YouTube動画を引用する形で、Xへ次のように投稿しています。 女性へ

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
埼玉県でインボイス廃止が可決? 廃止の意見書を県議会が可決【ファクトチェック】

埼玉県でインボイス廃止が可決? 廃止の意見書を県議会が可決【ファクトチェック】

「埼玉県でインボイス制度が廃止された」という情報が拡散しましたが、誤りです。埼玉県議会本会議が「適格請求書等保存方式(インボイス制度)の廃止等を求める意見書」を可決しましたが、制度が廃止になったわけではありません。 検証対象 2025年2月13日、「埼玉県でインボイス廃止が可決したらしいよ。この流れで、どの県でも廃止になればいいのにね」という情報が拡散した。 2025年2月18日現在、この投稿は1700件以上リポストされ、表示回数は40万回を超える。投稿について「是非全国でも廃止になって欲しい」「埼玉県最高じゃん」というコメントの一方で「県だけで廃止できるわけ」という指摘もある。 検証過程 インボイス制度とは インボイス制度は2023年10月1日に始まった。 税率が複数あっても、事業者が消費税を正確に納めるように、売り手(インボイス発行事業者)が買い手に対して消費税の金額等を書いた請求書・領収書等(インボイス)を発行し、その情報に基づいて買い手が仕入れ税額控除できる仕組みだ(国税庁「インボイス制度について」)。 一部からは事務やコスト負担増の声

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
USAIDの年間予算で命に関わる支援活動は5%?人道・健康支援の支出は約4割【ファクトチェック】

USAIDの年間予算で命に関わる支援活動は5%?人道・健康支援の支出は約4割【ファクトチェック】

USAID(アメリカ国際開発庁)の年間予算のうち「命に関わる支援活動はたったの5%」と主張する投稿が拡散しましたが、誤りです。USAID2023会計年度の見積もりによると、人道支援や健康への支出は4割を占めます。 検証対象 2025年2月11日、「USAIDさん、年間予算6兆7000億円のうち、飢餓など命に関わる支援活動はたったの5%で、左翼、ジェンダー政策(LGBT)、共産主義者社会主義者への資金提供が95%だった…」という情報が拡散した。 2025年2月17日現在、この投稿は8800件以上リポストされ、表示回数は136万件を超える。投稿について、「なんとかして」「公金チューチューや!」というコメントの一方で、「USAIDの予算の使い道についてはHPで公開されています」というコミュニティーノートでの指摘もある。 検証過程 日本ファクトチェックセンター(JFC)は、アメリカ議会調査局(Congressional Research Service, CRS)サイトを確認した。 「USAID Managed Program Funding(USAID資金

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
USAIDをめぐる誤情報が大量に拡散/トランプ政権に注目集まる 【今週のファクトチェック】

USAIDをめぐる誤情報が大量に拡散/トランプ政権に注目集まる 【今週のファクトチェック】

USAID(アメリカ国際開発庁)をめぐるトランプ大統領、イーロン・マスク氏の発言をきっかけにさまざまな誤情報が日本でも拡散しました。世界中のメディアが検証しています。その他にもトランプ政権の動きに呼応する形で誤情報が広がっています。 ✉️日本ファクトチェックセンター(JFC)がこの1週間に出した記事を中心に、その他のメディアも含めて、ファクトチェックや偽情報関連の情報をまとめました。同じ内容をニュースレターでも配信しています。登録はこちら。 JFCからのニュース 2月22日、立教大学が主催する災害と選挙時の偽・誤情報の問題にフォーカスした公開講演会が開かれます。マスメディアの取り組みや課題、リテラシーについて関係する登壇者が議論します。JFCから古田編集長と宮本副編集長が登壇します。 公開講演会「ソーシャルメディアの社会デザイン~選挙と災害の事例~」 | 立教大学SNSや動画配信プラットフォーム、ブログ、メッセージングアプリなどのソーシャルメディアの普及は社会や個人にとって新たな可能性を広げる一方で、同時に、様々な問題を引き起こしている。真偽未確認な情報、

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)