中国からの偽情報対策、TikTokの不自然なデータ 台湾大臣「選挙に影響」
中国からの情報工作に神経を尖らせる台湾では、ファクトチェック、メディアリテラシー、法的なルール設定など包括的な誤情報/偽情報対策に取り組む。日本ファクトチェックセンター(JFC)は、政府で偽情報対策を包括的に担当する羅秉成(ロウ・ピンチェン)無任所大臣に話を聞いた。
選挙への偽情報の影響「多くは中国から」
──台湾総統選は世界的な関心を集めました。特に偽情報の拡散と中国からの影響への注目が高かったですが、実際にはどのような影響があったのでしょうか。
「明確な指標を示すのは難しいが、私たちは偽情報が選挙にある程度影響したと分析しています。その多くは中国からです」
──具体的なデータはありますか。
「様々なデータがありますが、例えば、(民間研究機関の)台湾AIラボがTikTokについて分析したところ、中国に関連して拡散した主なコンテンツの62%が中国に対して好意的で中国による台湾統一を肯定する内容でした。逆に台湾に言及するコンテンツの95%が否定的で、民進党が台湾を破滅させるなどのものでした。次期総統に選ばれた民進党の賴清徳(ライチントー)氏に対しては67%が否定的で、敗れた民衆党の柯文哲(コーウェンチョー)氏は76%が好意的でした」
「これらの数字はあまりにも不自然です。中国政府に関わりがある人たちによるコメント、インフルエンサーへの影響工作、アルゴリズムの活用。こういった情報工作があるように見えます」
台湾AIラボのリポートによると、TikTokで特定のキーワードでフィルターをかけ、重複を除いてから拡散している上位の言説を調べたところ、親中国、反台湾のメッセージがそれぞれ圧倒的に多かったという。日本に関しても反日的なメッセージが多かったと分析している。
政府の取り組み「法律は最後の手段」
──台湾政府は偽情報への包括的な対策のパッケージを2019年にまとめています。今回の選挙ではどのような対策が取られ、効果をあげたんでしょうか。
「問題は偽情報だけではないんです。情報操作全体が民主主義に影響を与えうる脅威です。インターネットは非常に便利ですが、同時に危険なコンテンツの拡散が民主主義を脅かしています。その全体像を捉えた包括的な対策が必要です」
──政府としては、どのように対応したんでしょうか。
「民主主義社会において、法律でコンテンツを制限するのは最高の方法ではなく、最後の手段です。同時に、状況を限定した上で、時には必要な手段でもあります。すでにいくつかの国で法的な規制が始まっていることは、もちろん知っていますが、国によって状況は異なります」
「例えば、EUにはデジタルサービス法がありますし、イギリスにはオンライン安全法があります。これらは広い視点から問題の解決を図る比較的良い事例と言えるでしょう。ソーシャルメディアプラットフォームに説明責任を持たせ、必要な対応を取らせる点です。私たちも学ぶべきところがあります」
──台湾における法的な規制の現状はどうでしょう。
「2022年に台湾でもデジタルサービス法やオンライン安全法のような法律を導入しようとしましたが、野党や世論の反対によって成立しませんでした。私たちの社会では、ネットを規制することへの警戒が強いです」
「そのため、私たちにはソーシャルメディアプラットフォームを包括的に規制する法律がありません。児童ポルノや詐欺的なネット広告、選挙中のAI生成画像や動画など個別コンテンツへの規制だけです。やるべきことは多いと考えています」
台湾政府は偽情報対策を包括的に取りまとめている。「識別・検証・抑制・懲罰」の4つの対策を、政府だけでなく、ファクトチェック団体やプラットフォーム運営者などと協力しながら取り組むという内容だ。
言論の自由を損ねる危険性は
──法的な規制に対しては、言論の自由を損ねるとの懸念もあります。
「日本も台湾も民主主義であり、法の支配と言論の自由があります。法律による規制は最後の解決策です。EUのデジタルサービス法もイギリスのオンライン安全法も成立して日が浅く、本当に効果的なのか、言論の自由への悪影響がないかなどは、これからわかってきます」
「政府による取り組みだけでなく、独立したファクトチェック組織による偽情報の検証が重要です。そして、長期的にはメディアリテラシーの普及。どれが重要というよりも、この3本柱のいずれもが必要で、関係者による協力が不可欠です」
ファクトチェック組織といかに協力するか
──国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)は、ファクトチェックの原則として、公正で非党派性を守ることを求めています。政府との協力はどのように進めているのでしょうか。
「ファクトチェック団体が独立した組織であることは非常に重要です。社会における信頼性に直結するからです。幸運なことに台湾においては、ファクトチェック団体は独立性を維持しています。中立性を持ち、社会の信頼を得ている。政府の代弁者というわけではありません」
──では、どの分野で協力を深めているんでしょうか?
「台湾政府はファクトチェック機関の独立性と役割を尊重しつつ、メディアリテラシーの普及に関しては協力プロジェクトを多数実施しています。このような協力は独立性を損ねません。政府のイベントにファクトチェック組織に参加してもらい、来場者にファクトチェックやメディアリテラシーについて広く知ってもらう取り組みです。逆にファクトチェックのイベントに私や政府関係者が参加することもあります」
台湾ファクトチェックセンター(TFC)はフルタイム職員17人、ファクトチェックだけでなく、メディアリテラシー普及のための教育チームも有する。世界的に見ても規模の大きなファクトチェック組織だ。
SNSプラットフォームの取り組み
──偽情報や情報操作の対策には、あらゆる関係者の協力が不可欠です。情報が拡散する現場となっているソーシャルメディアの運営者と政府との関係はどうでしょう。
「ソーシャルメディアプラットフォームとの協力は重要です。台湾では2019年にGoogle、Meta、LINEによる取り組みが始まりました。これらのプラットフォームは選挙前に台湾の関係省庁との連絡窓口を作りました。LINEが台湾のファクトチェック組織と協力している情報検証の取り組みには、台湾政府もパートナーとして加わっています」
──ファクトチェック団体も交えた形の協力ということでしょうか。
「例えば、偽情報の検証のために必要な情報や確認については、関係する省庁が素早く答えるようにしています。そして、ファクトチェック組織がソーシャルメディアプラットフォームに連絡すれば、プラットフォームはその情報を削除したり、拡散を抑えたりします。政府の指示ではなく、ファクトチェック組織からのリポートに対応しています」
台湾のファクトチェック団体はLINEを活用して偽情報に関する情報をユーザーから集め、ファクトチェック記事を届けている。日本ファクトチェックセンターでも昨年12月からAIを活用したLINEアカウントを開始した。
社会を分断する極性化にどう対応するか
──今回の選挙で台湾の人たちと話すと「与野党の支持者の間で分断が深まった」という声をあちこちで聞きます。アメリカで広がっているような政治的な極性化(意見の分断が広がること)が台湾でも見られるのでは。
「台湾には最も近い隣人としての中国の存在があります。我々の世論を操作し、軍事力で脅しています。そして、台湾には親中派の人たちもいれば、台湾の主権を守ろうとする人たちもいます。このような意見の違いが中国に台湾に介入する隙を作り、選挙における情報工作や世論の極性化を可能にします」
──極性化が進めば、意見が違う人たちとの冷静で民主的な議論が難しくなり、社会が不安定化します。対策はあるのでしょうか。
「極性化にどう対応するかは、多くの民主主義国家が直面する困難な挑戦です。民主主義を守るために、どのように社会の団結を維持するか。個人的に思うのは、情報操作や認知戦に対して、一つだけの最高の解決策なんてないということです。長期的な戦略が必要です」
──具体的にはどのような取り組みがあるのでしょうか。
「若い世代の人たちが民主主義の価値を信じ、民主主義社会に信頼をおくデジタルシティズンとして責任を持つように育てる必要があります。それこそが情報操作に対する防御に繋がります」
──社会全体で取り組むべき、長期的な対策ですね。政府としては何をすべきでしょうか。
「政府にとってもう一つ重要なことは、より透明性が高く、社会に対してオープンになることです。政府に対しての信頼性を高めることが、民主主義への信頼を高めることに繋がります。そのためには政府職員の個々人のスキルも高める必要があります。デジタルツールを駆使し、より効果的なコミュニケーションを可能にすることが重要です」
「人々が使っているチャンネルを使い、政治や政策について説明する能力を強化しないといけません。テキスト情報だけでなく、より多くの動画を用いることも必要でしょう。すでに取り組んでいますが、まだ不十分です。他の民主主義国家の手法も学ばねばなりません」
国際的な協力の進展「希望が持てる」
──台湾政府が取りまとめた偽情報対策のパッケージには、国際的な協力の重要性も取り上げられています。
「詳細を話すことはできませんが、台湾はすでにいくつかの国と協力をしています。政府職員のトレーニングや政策に関する広報などの知見を共有し、台湾式にガイドラインを最適化しています。外交チャンネルを通じた情報の交換も重要です」
「台湾を訪問する人は多いですし、私たちも他国を訪問し、お互いに学んでいます。国際機関もこの問題に注目しています。この傾向は偽情報や情報操作への対策として希望が持てます」
(※インタビューは通訳者を介して中国語と英語で実施しました。読みやすさを考慮して、同意のもとで一部表現を調整しています。英語での記事はこちら)
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