総選挙で拡散した/する偽・誤情報への「情報のワクチン」【解説】
総選挙がいよいよ始まります。すでに政党や候補者に関する偽・誤情報が次々と拡散し、日本ファクトチェックセンター(JFC)は連日検証記事を出しています。すでに拡散したものだけでなく、これから拡散が予想される偽・誤情報も事前にまとめて解説します。
「情報のワクチン」を打つプレバンキング
事前に拡散が予想される偽・誤情報について解説し、人が実際にデマや不確かな情報に接した際の抵抗力を高める手法を「プレバンキング」と言う。
ウイルスに感染しないように事前に備える「情報のワクチン」とも言える手法で、事後的に情報を検証するファクトチェックよりも効果が高いという指摘もある。
筆者(古田)が「選挙で拡散する偽・誤情報、AIの影響は? 標的は候補者だけでなく民主主義」で解説したように、選挙に関する偽・誤情報には世界共通とも言える一定のパターンがある。
今回の記事ではこの類型に基づいて、すでに拡散したものやこれから拡散するものを具体的に紹介・検証し、プレバンキング記事とする。
政党・候補者を直接の標的とした情報
自分が支持する政党や候補を有利にするため、逆に対立する陣営を貶めるための偽・誤情報は常に存在し、選挙の熱が高まれば増えていく。
JFCでは10月に入り、11日までにすでに8本の選挙に関わるファクトチェック記事を公開した。これらは全て政党や候補者を標的としたものだ。
「石破首相「裏金議員が気にいらないというのであれば自民党に投票しなければいいのではないか」と発言? まとめサイトによるもの」というファクトチェック記事は、匿名掲示板の書き込みを石破茂氏の発言であるかのように鉤括弧で繋げたまとめサイトの投稿を、「誤り」と判定した。このような偽情報は、石破氏と自民党の評判を損ねる。
野党側を標的とするものもある。「有田芳生氏が小学生への性的行為を認める発言? 投稿画像は捏造」は、立憲民主党の有田芳生氏がX(旧Twitter)上に小学生への性的行為を認める投稿をしたような画像が拡散したが、捏造によるもので「誤り」と判定した。候補者への個人攻撃と言える。
「なりすまし」で間接的に攻撃する手も
「市民運動家・菱山南帆子氏が共産・立憲民主批判? 偽アカウントのなりすましに注意」は、SNS上でも発信する市民運動家・菱山南帆子氏のアイコンを使い、偽アカウントで共産党や立憲民主党を批判する投稿をしていたという事例だ。
「なりすまし」はIDやフォロワー数などを確認することで見破ることが可能だ(詳細は記事に)。しかし、有田氏の投稿が捏造された事例のように、XアカウントのIDとアイコンの画像をそのまま流用して、投稿画像を偽造する手法もある(詳細は記事に)。
「その人物はそんな言動をしない人だ」という事前の知識があれば騙されにくいが、そうではない人は気づきにくいので、特に注意が必要だ。
まとめサイトの発信には最大限の注意を
特に目立つのが「まとめサイト」からの偽・誤情報の発信だ。まとめサイトとは主にメディアの記事と匿名掲示板やSNSの投稿などを組み合わせ、センセーショナルな見出しをつけて拡散させるサイトを言う。
JFCが10月に出した8本の選挙に関わるファクトチェック記事のうち、5本はまとめサイトによるものだ。最も多い手法は著名な政治家の名前と匿名掲示板の書き込みなどをくっつけて、まるで本人の発言であるかのように装うものだ。冒頭に例に出した石破氏の事例がそれだ。
「萩生田光一氏『裏金と統一教会ごときで何回処分する気だ!』と発言? まとめサイトによるもの」も、まとめサイトによる同様の手口だ。萩生田氏の事務所は情報を否定する投稿をした。
選挙制度を貶める偽・誤情報
期日前投票が始まる際に広がりがちなのは「不正選挙だ」などと投票に行くことに価値がないように思わせるような偽・誤情報だ。
最も典型的なものは「投票数を計算する機械が不正に操作されている」というもので、選挙のたびに拡散する。票を仕分けたり、数えたりする機械の大手企業「ムサシ」が名指しされ、「裏に自民党がいる」などと語られてきた。これらはすべて誤りだ。
NHKはムサシ以外にも「期日前投票は書き換えられる」「選挙結果はあらかじめ決められている」などのSNS上で毎回拡散する陰謀論について、まとめて検証した記事「不正選挙? 選挙に関する“偽情報”を調べてみると…」を公開している。
NHKの記事では「投票前に投票箱がカラであることを確認する」「箱に入った票は開票まで誰も触ることができない」「開票作業は各陣営立会のもとで実施される」などの対策を紹介している。
筆者(古田)は開票現場での取材も経験しているが、NHKの記事にある通り、不正が入り込む余地は見当たらなかった。
あからさまな陰謀論以外にも広がりがちなのは、投票のルールに関する誤解だ。「整理券をなくした/忘れたから投票できない」はその最たるものだろう。
「投票所入場整理券」は投票を案内し、投票所での作業をスムーズにするためのもの。選挙人名簿に登録されていて、本人確認ができれば、整理券がなくても投票ができる。
「整理券なくしたから投票できない」というような誤解は、SNS以上に口コミで広がりやすく、せっかくの一票を無駄にする人もでかねないので注意が必要だ。
メディアを貶める偽・誤情報
選挙に関する情報を最も多く報じているのは今も新聞やテレビだ。「もっと多く報じるべきだ」「本格的な政策の分析が足りない」「一部の候補者に偏っている」などの批判とは別に、事実に基づかない誤った情報も拡散する。
代表的なものは投票締め切り直後、まだ開票率がゼロ%のうちに「当選確実」を報じる「ゼロ打ち」に対して「出来レース」「最初から誰が勝つか決まっている」などという批判だ。
JFCでもこれまでに何度も記事にしたが、これは記者による取材や世論調査、期日前と投票日当日に誰に投票したかを聞く出口調査や過去のデータなどを総合的に分析した結果だ。逆転の可能性がほぼゼロの場合に「ゼロ打ち」をする。
筆者(古田)も新聞記者時代に何度か経験している。各社で積み上げた統計学的な手法も用いているため、外れることは極めて稀だ。「当打ちの速さを競うよりも候補者や政策の取材や議論に時間を使うべきだ」という批判に関して筆者も同意見だが「出来レース」という批判は完全に誤りだ。
「各政党や候補者を平等に取り上げていない」という批判も毎回広がる。日替わりで各政党について紹介しているのに、ある1日だけの放送や記事を見て「◯◯は特定の党しか取り上げていない」という批判は事実に基づいていない。
東京都知事選の際に、著名な候補ばかりを取り上げることによって、政治の世界での新顔が不利になる傾向が指摘された。このような問題は実際に存在し、改善が求められる。
しかし、事実に基づかない批判はマスメディアへの信頼を不当に貶め、結果として、選挙全体への関心や信頼を損ねかねない。
選挙に関する解説記事
JFCでは総選挙に向けて選挙にまつわる偽・誤情報の解説記事を毎週公開しています。ぜひ参考にしてください。
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次回:ライブ検証とファクトチェックの効果
アメリカ大統領選の候補者討論会では、ドナルド・トランプ氏とカマラ・ハリス氏の発言をメディアやファクトチェック機関がライブでファクトチェックし、トランプ氏の多くの発言やハリス氏の一部の発言が「誤り」「ミスリード」などと判定されました。
日本ではほとんど見かけないこの「ライブ検証」。日本とアメリカのファクトチェックや偽・誤情報の傾向の違いと、ファクトチェックの効果について次回は解説します。
(トップ画像はAIで生成しました)
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。
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