総選挙ファクトチェックまとめ 偽・誤情報は何がどう広がった 【解説】
総選挙が終わりました。どんな偽情報・誤情報が拡散し、どんな影響があったのか。来年の参院選に備えるためにも、振り返ります。
選挙で拡散しがちな偽・誤情報の類型
総選挙が始まる前の10月12日に「総選挙で拡散した/する偽・誤情報への『情報のワクチン』」という解説記事を書いた。その中で示したのが以下の表だ。選挙の際に、どのタイミングでどんな偽・誤情報が拡散するかを分類した。
総選挙の公示は10月15日だが、事実上の選挙戦は9月の自民党総裁選で石破茂氏が選出され、早期解散総選挙の方針を打ち出した段階から始まっていた。
この間、JFCは11月1日までに総選挙に関連するファクトチェック記事を28本公開しています(解説記事は今回含めて5本)。順を追って見ていく。
自民総裁選から続いた石破首相に関する偽・誤情報
初期に立て続けに出したのは、石破首相の発言に関する偽・誤情報のファクトチェック記事だった。
いずれもまとめサイト「Tweeter Breaking News-ツイッ速!」による発言の捏造だ。ネット匿名掲示板の文言を石破首相の発言であるかのように見せかける手法は、まとめサイトの常套手段で、Xの自らのアカウントで拡散させている。
表で言えば、政党・候補者を貶める内容と言える。リンク先の記事に中身はなく、政治的な目的と言うよりは、広告収入目的の故意犯と見られる。
総選挙1ヶ月前の自民党総裁選は、候補者が乱立し、激しい戦いとなった。保守派からの人気が高い高市早苗衆院議員と競っていた石破首相は、自民党支持者の一部からも批判される立場となった。
石破首相を批判的に見る人は、発言を捏造して偽情報を作るようなことまではしなくとも、石破首相を貶める偽情報をシェアしやすくなる。これが今回、石破首相にとってマイナスな偽・誤情報が拡散しやすくなった一因だ。
なりすましによる政党批判や発言の捏造
偽アカウントを作り、候補者や政党を批判する手法もあった。
Xでは誰でも自由にユーザー名をつけることができ、アイコンの写真も本人の公式アカウントのものをコピーすれば、簡単になりすませる。
市民運動家の菱山南帆子さんのなりすましアカウントの事例では、本人の投稿に続いて、なりすましアカウントが一連の投稿を装って、政党批判をしていた。
アカウントの名前と写真ではなく、IDを確認すれば公式かどうかは一目瞭然だ。候補者や政党の公式アカウントになりすます手法もあるため、注意が必要だ。
上記のようななりすましはアカウントのIDを確認すればよいが、より巧妙な手法もある。
下に示した画像は一見、立憲民主党の候補者である有田芳生氏によるXへの投稿に見える。小学生への性行為を肯定する内容だが、これは捏造だ。
有田氏のXアイコン、名前、ID部分の画像に、本人が言っていない文言部分を画像として合成し、あたかも本人の投稿のように見せかける手法だ。
複数アカウントが捏造された画像を拡散させていたが、画像にある投稿日付「2024年1月6日」の有田氏本人のXを見ても、この投稿はない。そもそも、本人がこのような投稿をしていたら、その当時話題になっていたはずだ。
動画の意図的な編集や改ざん
都知事選の石丸伸二候補の健闘や総選挙の国民民主党の躍進を後押ししたのがYouTubeやTikTokなどの動画の訴求力だ。特に若者世代への影響は年々大きくなっている。
当然、動画の偽・誤情報も増えている。画像と同じく一部を改変したり、生成AIで捏造したりする他、一部を切り出して全体とは異なる文脈にする手法もある。
例えば、自民党の河野太郎氏の演説の一部を切り取って「河野氏が『子宮頸がんワクチンは危険だ』と演説した」という投稿。この投稿に添付された動画では確かに河野氏は「子宮頸がんワクチンで命を落としている人がまだいます」と語っている。本人の言葉を改変しているわけではない。
しかし、演説の前後の文脈や河野氏の普段の発言を考慮すると、これは「子宮頸がんで命を落としている人がいるからワクチンの普及が重要だ」と訴えようとしていることは容易に読み取れる。
テレビ局がネットにアップした動画の一部が改変された事例もあった。
テレビ朝日は選挙特番「選挙ステーション」でAIをコメンテーター「エレク」として活用した。このエレクが「不正選挙です」「若者の多くは参政党にしか興味がない」と発言している動画が拡散した。
これはオリジナル動画のエレクの発言音声を改変したものだった。
この改変はオリジナルと比較することによって簡単に検証できたが、今後、AIの発達によって画像や動画や音声の改変や捏造はより簡単になり、検証はより難しくなる。
選挙制度やマスメディアに関する偽・誤情報
10月27日の投開票日が近づくにつれて、今回も拡散したのが「投票は操作されている」という偽・誤情報だ。選挙のたびに拡散し、投票が無意味であるかのような主張が繰り返される。
JFCでは同様の言説をこれまでに検証してきた他、NHKは9月に検証記事「不正選挙? 選挙に関する“偽情報”を調べてみると…」を配信している。
この他にも、今回は衆院選と同時に実施される最高裁裁判官の国民審査について「本来◯か☓を記入する制度」という誤った情報が拡散した。「◯」を記入すると無効票となってしまうため、誤解が広がれば影響は大きい。
NHKも注意を呼びかける記事を出した。
また、開票率0%で当選確実と報道する「ゼロ打ち」や「出口調査」などに関連して、マスコミもグルになった不正選挙だなどという言説も拡散した。これも毎回のことだ。
選挙制度や選挙について報じるマスメディアへの批判は、根拠に基づいていれば正当なものだが、偽・誤情報で不当に貶めることは、民主主義を不安定にする。
特定の候補者への攻撃
すでに例に挙げた石破首相、有田氏、河野氏は、これまでにもネット上で度々、批判の対象となっており、注目度も高いために偽・誤情報の標的になりやすい。
千葉5区から立候補して比例区の南関東ブロックで復活当選した自民党の英利アルフィヤ氏も標的となった一人だ。2022年7月の参院選、2023年4月の衆院補選のときから「二重国籍だ」「中国のスパイだ」などの言説を繰り返し流されている。
今回の選挙では自身の公式ホームページで「誤情報、偽情報に対しての訂正情報」を公開した。しかし、「中国のスパイだ」などという主張は、それを主張する側に明確な根拠がなくとも、その主張を否定する証拠を出すことが難しい。いわゆる「悪魔の証明」だ。
外国人や移民に否定的な言説を拡散させている人たちの間では、訂正情報が公開された後も繰り返し、同様の情報が流れていた。
少なかったファクトチェック
大量に流れていた偽・誤情報に対して、ファクトチェックはどれだけなされていたか。
JFC以外では選挙関連のファクトチェック記事は非常に少なかった。国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)の認証を日本で受けている他の2団体では、リトマス3本、InFact0本。大手メディアでは朝日新聞2本。共同通信1本だった。
その他では、個々の言説に関する検証ではなく、偽情報が拡散していることを指摘する内容の記事が目立った。このような記事は有権者への注意喚起として重要だ。しかし、すでに拡散している偽・誤情報の歯止めにはなりにくい。
筆者(古田)はBuzzFeed Japan創刊編集長だった2016年からファクトチェックを始め、2017年の総選挙後に日本におけるファクトチェックの普及の遅れを指摘するオピニオン記事「日本の問題は『フェイクニュース』の強さよりもそれと戦う力の弱さだ」を書いた。
残念ながら、状況は変わっていない。
AIや影響工作、脅威はさらに高まる
2024年は世界的な選挙イヤーで、特に生成AIによる混乱が懸念されていた。結論から言えば、日本においてAIによる偽情報はそれほど見られなかったし、拡散もしていなかった。
すでに国政選挙を終えたインドや台湾などでも同様に、懸念していたほどの影響はなかったという報告が6月に開かれたIFCNの年次総会「グローバルファクト」で語られていた。
AIは本物っぽいものを作るレベルには発達している。しかし、人が見たい・シェアしたいと思うものを作るレベルには達していない。どういう人がどういう情報に反応するのか。それを分析し、偽情報を作るのは人間のほうがまだ長けている。
しかし、これは2024年10月の日本での話だ。アメリカ大統領選ではすでに大量のAI生成の偽情報が見られており、技術の発展とともにその量は拡大するだろう。
他国からの影響工作の脅威も増している。Microsoftはアメリカ大統領選において、ロシア、イラン、中国が影響工作を拡大していると報告している。
候補者の評判を落としたり、選挙のボイコットを呼びかけたりするなど、AIも活用して多様な手法で選挙に影響を与えようとしているという。
偽情報対策に組織を超えた協力を
日本において偽・誤情報を事実だと受け止めている人は、多数派ではないが一定数いるのは間違いない。だからこそ、根強く拡散する。数が増えてくれば、選挙結果にも影響を与えかねず、アメリカのように大統領選の結果を受け入れずに暴動が発生する危険性もある。
偽・誤情報はそれを作るだけでは広がらない。それを事実だと誤解して熱心に見たり、シェアしたりする人がいることで拡散していく。だからこそ、ファクトチェックだけが偽・誤情報対策ではない。メディアリテラシー教育や信頼性の高い情報発信も重要だ。
人は信頼できる情報が少ないときに、眼の前にある情報を品質問わずに受け入れがちになる。「情報の空白」と呼ばれる問題だ。JFCでは対策の一環として、選挙期間中に投票の判断に役立つサイトを紹介する解説記事を出した。
ファクトチェックだけで大量に拡散する偽・誤情報の対策をすることは不可能だ。しかし、実際に検証を続けることで、世の中にどのような情報が拡散し、それを検証するためにはどんなデータや手法やツールが必要かが明確になる。あらゆる対策の起点になりうる。
他国では組織や業界を超えて協力し、これらの対策を重層的に実施する体制を整えようとしている。日本もそういった事例に学ぶべきだ。
偽・誤情報はある候補者について「強い支持」をしている人よりも「やや支持する」という人により大きな影響を与えるという研究が有る(国際大グロコム「Innovation Nippon2019」)。無党派層が多い日本にとって、気になるデータだ。偽・誤情報がいまより力を持つ前に、対策が急がれる。
来年には早くも参院選が控えている。時間は限られている。
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(トップ画像はAIで生成しました)
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。
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