選挙で拡散する偽・誤情報、AIの影響は? 標的は候補者だけでなく民主主義【解説】
石破茂首相は2024年10月に解散総選挙を実施すると宣言しました。選挙は偽・誤情報の標的になります。2024年は世界中で国政選挙が実施され、生成AIによる混乱も指摘されてきました。実際にどのようなデマや噂が拡散するのでしょうか。国内外の状況について解説します。
選挙で拡散しがちな偽・誤情報の種類
選挙で拡散する偽・誤情報には世界的に共通する傾向がある。以下の表に日本で実際に拡散し、日本ファクトチェックセンター(JFC)で検証をしたものを中心に分類した。
拡散する時期を「投開票日前」「投開票日」「選挙後」に、標的となる対象を「政党・候補者」「選挙制度」「メディア」に分けた。標的と時期ごとに、これまでにJFCが実際に検証した情報をまとめている。
政党・候補者に関する偽・誤情報
候補者や政党を貶めたり、持ち上げたりする偽・誤情報が拡散する理由の一つは、自分が支持する陣営を有利にしたいという明確な意図だ。間違った情報を意図的に流して政治的な利益を得ようとする「故意犯」と言える。
ただ、これだけが拡散の理由ではない。
自分が嫌いな候補にとって不利な情報であれば「やはりあいつはこんなに悪い奴なのだ」というバイアスが働き、「こんなひどい人間を当選させないために、広くこの情報を知ってほしい」と拡散させる強い動機につながる。
その逆もある。自分が応援する候補であれば「こんなに素晴らしい人であることを知ってほしい」と、真偽を確かめずに拡散してしまいがちだ。
JFCが国際大学グロコムと協力して実施した2万人調査では、偽・誤情報を拡散した動機として最も多かったのが「興味深いと思った」(30.0%)。これに「重要だと感じた」(29.2%)が続く。
つまり、自分では間違った情報とは思っておらず、候補者を選ぶ上で重要な情報だという「善意」から拡散させる人たちが多い。
注目を集める対象が狙われる
前回の解説「自民党総裁選で偽・誤情報の標的になっているのは誰か その理由は」で、注目度の高い候補が偽・誤情報の標的となる事例を紹介した。
総裁選で勝ち、首相となった石破茂氏は当然、標的となっている。検索量をGoogleトレンドで確認すると、決選投票で争った高市早苗氏と比較しても、首相として注目される存在となり、立憲民主党の新代表となった野田佳彦氏と比べても、その差は歴然としている。
JFCではすでに石破氏の発言を改変した情報に関して検証した。
この他にも「内閣発足の写真撮影時にシャツの隙間から腹が出ていた」というような、石破氏を貶める言説も拡散している。
石破氏に関するネガティブな偽・誤情報の拡散で特徴的なのは、自民党を支持しているように見えるアカウントでも、批判的な投稿があることだ。総裁選で最後まで争った高市早苗氏を支持するアカウントを中心にその傾向が見られる。
民主主義そのものの信頼を揺るがす
もう一つの主要な標的が、選挙制度そのものだ。「不正選挙だ」などという批判や、投票のルールに関する間違った情報が拡散することで、選挙への信頼や関心を貶める。
JFCがこれまでに他の選挙で検証してきた事例では「沖縄県知事選3ヶ月前から那覇市だけで100人増?」「1分間で6000票も増える不正?」などがある。いずれも誤り・不正確と判定した。
これ以外にも定番なのが「開票計算機が不正に操作されている」という偽情報だ。筆者(古田)がBuzzFeed Japanの編集長時代に検証記事を出し、NHKも2024年4月に報じた。槍玉に上げられた機械に不正ができるような機能はついていない。
冒頭の表で示したように、投開票日までは「投票に行くことは無意味だ」と思わせるような情報が拡散し、投開票直後からは選挙の正当性を疑わせるような情報が投稿される。いずれも民主主義を支えるシステムそのものへの攻撃と言える。
2020年のアメリカ大統領選では敗北したトランプ候補自身とその支持者が「不正選挙だ」と主張し、翌年1月6日の連邦議事堂襲撃事件で死者が出る惨事に繋がった。
メディアの信頼性を落とす偽・誤情報
選挙や民主主義システムの信頼性を落とす偽・誤情報としてもう一つ注目されるのが、選挙について報じるメディアを標的としたものだ。
選挙報道のあり方について、政策についての掘り下げ方が不十分だという批判や、一部の著名な候補者の報道が優先されているというような批判は、事実に基づいていると言える。
ただし、それらの正当な批判とともに、事実とは異なる指摘や根拠のない批判も多い。JFCがこれまでに検証してきたものには「東京都知事選でNHKの候補者の紹介の順番に不正?」「「開票率0%で当選確実が決まる不正選挙?」などがある。いずれも誤りだ。
誤った情報に基づく批判でメディアの信頼性を損ねることは、選挙に関する情報の多くがメディアを通じて報じられる以上、結局のところ、選挙や民主主義システムの信頼性の毀損につながる。
外国からの影響工作に注意を
これらの偽・誤情報は国内から出てくるとは限らない。2024年1月に実施された台湾総統選では、中国の影響を受けた偽・誤情報が拡散しているとの指摘が相次いだ。
筆者(古田)は現地で取材し、偽・誤情報対策を担当する羅秉成(ロウ・ピンチェン)無任所大臣に取材した。羅大臣は次のように指摘した。
「台湾には最も近い隣人としての中国の存在があります。我々の世論を操作し、軍事力で脅しています。そして、台湾には親中派の人たちもいれば、台湾の主権を守ろうとする人たちもいます。このような意見の違いが中国に台湾に介入する隙を作り、選挙における情報工作や世論の極性化を可能にします」
日本も対岸の火事ではない。福島第一原発からの処理水の海洋放出をめぐって、中国語で大量の偽・誤情報が拡散し、それが翻訳されて日本に入ってくる事例が見られた。
日本経済新聞は10月4日、沖縄独立を煽る偽動画が主に中華圏のSNSで拡散し、その背後に運用者が偽装された「工作アカウント」が少なくとも200確認されたと報じた(日経新聞)。
処理水問題でそうだったように、中国語で拡散した情報が翻訳されて日本で広がることは十分にありうる。
生成AIの影響は少ない?
世界中で懸念された生成AIによる偽・誤情報の選挙への影響はどうか。すでに選挙を実施している国々では「まだそれほど大きくない」という声が聞こえる。
アメリカ大統領選で拡散した誤情報を収集しているNews Literacy Projectの「Misinformation Dachboard: Election 2024」によると、9月27日までにまとめた約700件のうち、生成AIによるものは7%だという。
生成AIは手軽に現実ではない画像や事実と異なる情報を作ることができる。しかし、それらがネットユーザーから見て拡散したくなるものかは別の話だ。
偽・誤情報の作成者から見れば、自分たちの手で作った方が効率的な面もある。ただし、生成AIの進化のスピードは早く、いずれは人の手によるものよりも効果的な偽情報を作り始めるだろう。
ファクトチェックだけでなく透明性の高い情報発信を
民主主義を支える根幹である選挙が偽・誤情報の影響を受けないためには、ファクトチェックだけでは追いつかない。
羅大臣は法的な規制やファクトチェック団体との協力、SNSプラットフォームとの取り組みなどと並んで教育の重要性を掲げた。そして、政府が取りうる対策で最も重要なものとしては「透明性の高さ」に言及した。
「政府にとってもう一つ重要なことは、より透明性が高く、社会に対してオープンになることです。政府に対しての信頼性を高めることが、民主主義への信頼を高めることに繋がります。そのためには政府職員の個々人のスキルも高める必要があります。デジタルツールを駆使し、より効果的なコミュニケーションを可能にすることが重要です」
これは日本でも同じことが言えるだろう。
(トップ画像はAIで生成しました)
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。
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