日本ファクトチェックセンターは「反日左翼」? データだけ見ると「自民党の犬」? 偽情報の標的と検証対象はどう変わっていくのか

日本ファクトチェックセンター(JFC)への批判で最も多いのは「偏っている」「検証対象を恣意的に選んでいる」というものです。「JFCは偏っていません」と口だけで反論しても説得力がありません。データを見てみましょう。
「反日」「反自民」などの批判の中身
X上での日本ファクトチェックセンターや筆者(古田)あての批判には、例えば、以下の様なものがあります。
「反日的なファクトチェック」「左翼御用達偏向機関」「反日圧力団体」「立憲民主党のサポーター」
これらの批判の多くに共通するのはJFC編集長(古田)が過去に朝日新聞で働いていたことに言及していることです。批判の論理としては「朝日新聞=反日であり、朝日新聞で働いていた古田も反日であり、現在も朝日新聞の影響下にあると見られる」というものです。
ちなみに古田が朝日新聞を辞めたのは10年前の2015年。以降、取材を受けたことやイベントのゲストに呼ばれたことはありますが、給与をもらったことや何らかの契約を交わしたり、指示を受けたりしたことはありません。また、取材を受けた回数では、朝日よりも読売新聞の方が多いです。
JFCが実際に反日的・左翼的なコンテンツを出す組織なのか、データで見ていきましょう。
政治に関する検証は全体の26.4%
JFCが設立された2022年10月から2025年4月24日までに検証した600本を超えるファクトチェック記事のうち、政治に関するものは26.4%、170本あります。
発足した2022年は新型コロナの影響がまだ大きく、ワクチンに関する検証が約4割を多くを占めていました。しかし、徐々にその他の分野の検証が増え、2024年の東京都知事選、総選挙、兵庫県知事選という注目選挙の流れの中で、政治関連の偽・誤情報が大量に拡散するようになり、検証記事も増えました。
その傾向は今も続いており、2025年の3ヶ月間だけを見ると政治系の検証が3割を超えます(トランプ政権関連は「国際」の分類)。
政治系で最も多いのは自民党に関するデマの検証
政治系の検証で最も多いのはどういう話題に関するものか。JFCサイトの記事はタグで管理されているため、検索窓で「政治」で見てみると一目瞭然です。
2025年4月1-23日で見てみると、8本の記事があります。うち6本は政府・自民党や自民の著名政治家に関する偽・誤情報を検証し、「誤り」と判定しています。残り2本は兵庫県政と大阪万博に関する検証。見出しを並べると以下の通りです。
■自民・政府関連の検証(いずれも誤り)
佐藤正久・参院議員「JAL123便は自衛隊が訓練中に誤って撃墜」と発言? 恣意的な切り取り
河野太郎氏 「消費が冷え込むのは若者が金を貯め込むから。増税しても問題ない」と発言? 番組での発言を歪曲
石破首相「トランプ大統領に連絡できない」? まとめサイトによるもの
政府が人口を4000万人減らして8000万人にする? 半減する人口を8000万人で食い止めようという提言
小泉進次郎氏は15年間の議員生活で、議員立法の提出0件? 小泉氏は5件を提出
石破首相が食品の消費税を0%にする方針? ネット掲示板のタイトル
■その他の検証(誤りと不正確)
全国ワースト級の兵庫県財政は斎藤知事で改革が進んだ? 厳しい財政状況が続く
2025年4月に限らずとも、全期間を通じて圧倒的に多いのは自民党や政府を貶めるような情報の真偽を確認し、それが誤りであると判定した検証です。
政府・自民党を標的とした偽情報への検証が多いため、「反日左翼」とはまったく逆の「自民党の犬」「自民党から官房機密費でも貰ってそう」などの批判を受けることもあります。
なぜ、自民・政府を貶めるような偽・誤情報の検証が多くなるのか。理由は単純で、ここ数年、日本では自民・政府を標的とした偽・誤情報が大量に拡散するようになっているからです。
政府・自民に批判的な情報がバズるようになった
過去1年間、SNS上でシェアやイイネで大量拡散した日本語の記事について、ソーシャルリスニングツールBuzzSumoを使って調べてみました。
新聞やテレビや雑誌や大手WEBメディアの記事を除き、タイトルや本文に政党名や著名政治家の名前が入った記事の中で、拡散上位を見てみると、政府・自民に批判的な内容のものが目立ちます。
例えば、以下のようなものです(※数字はいいねやシェア数の合計)。
石破政権「どれだけ反対されても外国人への生活保護を絶対に続けていきます!!!」国会で強い決意を表明:ハムスター速報(51300)
自民党・公明党による現金給付10万円案 外国人も対象なので中国人が大喜び「日本政府はお金を配る準備をしている!」:ハムスター速報(48600)
石破自民党 外国人利権を創設「日本人ではなく外国人を雇った企業には最大72万円を差し上げます」:ハムスター速報(41900)
「ハムスター速報」とは、ネット掲示板やSNSへの投稿を転載して記事のように公開する「まとめサイト」の一つです。典型的な例としては、新聞社やテレビ局がネットで公開した記事へのリンクを貼り、その内容を「引用」するとともに、その記事への「反応」の投稿をまとめて一つの記事とします。
問題は元記事の引用が不正確だったり、完全に誤りだったりすることです。ネット掲示板やSNSからの「引用」とされる投稿も、実在する投稿なのか、まとめサイト運営者が自ら作った投稿なのか確認するのは困難です。
新聞やテレビや雑誌メディアのネット記事のほとんどはこれほどの拡散力を持ちません。正確さではなく見た目の派手さを考慮した見出しに負けがちです。
JFCでは日常的にまとめサイトの記事を検証しています。その中で目立つのは、自民党の著名政治家の発言を過度に誇張した記事です。ほとんどの判定は「誤り」で、「不正確」と判定したものもありますが、「正確」「ほぼ正確」と判定したものはありません。
かつての定番は民主党批判だった
筆者(古田)がファクトチェックを始めた2015年頃は、まとめサイトの定番記事と言えば、旧民主党系に対する「反日」などの批判でした。
当時の自民党はネットだけでなく世論全体の人気が高かった安倍政権。安倍首相に批判的な記事をまとめサイトが書いても、それほど拡散はしませんでした。
その後、政権が変わるにつれて風向きが変わりました。岸田政権に対しては「増税メガネ」、石破政権に対しては「親中」などの批判が増えていきました。今では自民の政治家に対して「反日」と批判する記事が珍しくありません。
JFCは発足した2022年10月からの3ヶ月間で、政治に関して8件のファクトチェックをしていますが、まとめサイトに関するものはゼロ。沖縄県知事選、マイナンバーカード、種苗法、自衛隊など、話題も様々でした。
まとめサイト、特に自民党関連の検証が増えたのは、この1年ほどのことです。
偽・誤情報の矛先はどのように変わるのか
2024年9月「自民党総裁選で偽・誤情報の標的になっているのは誰か その理由は」という解説記事を書きました。
最初に標的になったのは、真っ先に立候補を表明した小林鷹之議員。その後、当初は本命視された小泉進次郎議員に関する偽・誤情報が多数拡散し、最終的には勝った石破首相が主な標的となりました。
誰が狙われやすいかは、注目度の高さとアンチの多さで予測可能です。まず、小泉氏が標的となったのは人気だった小泉純一郎元首相の後継で、注目度が高いとともにその言動への批判も多かったことから、偽・誤情報の標的となる要素を備えていました。
Google検索の量を確認できるGoogleトレンドで当時の検索量を見てみます。解説記事でも紹介したチャートです。ちなみに、Googleトレンドが示す「人気度の動向」とは「特定の地域と期間について、グラフ上の最高値を基準として検索インタレストを相対的に表したもの」です。つまり、検索量がどれだけ増減しているかを表します。
ここ数年、野党の立憲民主党より、自民党が狙われやすい理由の一つもここにあります。
立憲民主党がらみの偽・誤情報がSNSに投稿されても、あまり注目されず、拡散されにくくなっています。意図的に偽情報を作る人達の中には、ビューを集めることで広告収入を得る目的の人たちもいます。そうなると、より注目され、拡散されやすい話題を狙うようになります。
注目されているだけに、拡散もしやすく、人が目にする機会も増える。だから、さらに拡散するし、その話題を投稿する人が増え、さらに人の目に触れやすくなる。
Googleトレンドの過去3ヶ月間のデータを見てみましょう。自民党が狙われやすく、拡散されやすい理由の一端です。
JFCの検証基準は「広さ・深さ・近さ」
ファクトチェックに関して「検証対象を恣意的に選んでいる」という批判はつきものです。このため、JFCでは「ファクトチェック指針」を公開し、検証対象の選定基準について説明しています。
まず、ファクトチェックは「誰かの意見」ではなく、「事実として拡散している情報」を対象にします。その中で、客観的に検証できるものが対象になります。
また、客観的に検証できる情報と言っても、ほとんど知られていないものを検証しても効果が薄いために、指標を設けています。「影響する人の多さ=広さ」「影響の深刻さ=深さ」「影響の身近さ=近さ」という3軸です。
一部の検証だけ取り上げて批判するチェリーピッキング
自民党政権の発信におかしな部分があれば検証するし、自民党政権に関してデマが流れていても検証します。イデオロギーではなく「広さ・深さ・近さ」で選ぶからです。
岸田政権の松野官房長官の発言に関するファクトチェック

安倍政権は歴代総理ワースト1位という表に関するファクトチェック

野党に有利だととらえられるような検証をJFCがしたときだけ、その記事を取り上げて「JFCは偏向している」と批判する人もいます。
これは典型的な「チェリーピッキング(自分に都合のよい情報ばかりを取り上げる行為)」と言えるでしょう。
A,B,Cという情報があるのに、Aばかりを集めて「Aだ」という行為「チェリーピッキング」
JFCとしては、こうした批判に対して、一つ一つ個別に反論するのではなく、普段の検証対象選びとその検証過程の公正さで答えていきたいと思っています。
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。
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