偽・誤情報、日本での拡散の実態と効果的な対策とは

偽・誤情報、日本での拡散の実態と効果的な対策とは

日本ファクトチェックセンター(JFC)などが2024年4月16日に都内で開いた偽情報対策シンポジウム。国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)がJFCと協力して実施した偽情報の実態に関する2万人調査の概要を解説しました。以下はシンポでの発表のまとめです。

アーカイブ動画と報告書(全文)と概要版は文末へ。

山口真一GLOCOM准教授「衝撃的な数字」

GLOCOMの山口真一准教授は経済学博士で専門は「計量経済学」。SNS上の偽情報、誹謗中傷、ネット炎上といった社会問題や、情報社会の新しいビジネスモデルなどについて実証研究をしている。今回の調査は2024年2月に実施され、アンケートが予備調査2万件、本調査5000件、文献調査、インタビュー調査、有識者会議と多岐にわたる。

14.5%しか誤っていると気づかない

アンケートでは5つの分野(政治:保守有利、政治:リベラル有利、医療・健康、戦争・紛争、多様性)で計15件の実際に拡散した偽情報について、見聞きしたことがあるかを聞いた。

結果は全体で37%が「見聞きしたことがある」。現実に社会に広がっている偽情報は15にとどまらず大量に存在するため、「見聞きしたことがない」という人は、ほとんどいないだろうというレベルだ。

山口氏が「衝撃的な数字」と語るのは、偽情報を見聞きしたことがある人のうち14.5%しか「誤っている」と気づけなかったことだ。

この傾向は、分野別でも世代別でも大きな違いはなく「SNSを多く利用している若者だけの問題ではなく、老若男女問わず誰もが騙される可能性がある」(山口氏)。

最も多い拡散手段は「直接の会話」48.1%

偽・誤情報はネットで拡散するという印象が強いが、拡散手段を聞いた質問への結果は異なる。1位「家族・友人・知人などに直接の会話で情報を共有」48.1%で、2位「SNSでシェア・リポスト・再投稿などの方法で情報を共有」27%を大きく上回る。

2019年から同様の調査を続けている山口氏が「この結果は何年この調査をしても変わらない」というように、拡散の印象と実態は大きく異なる。世代別に見ても、あらゆる世代で直接の共有が多く、特に60代では67.4%に上った(データは文末の資料)。

拡散理由は「興味深い」「重要だ」「怒りや不安」

偽・誤情報を誤っていると気づかずに拡散してしまった人は、どういう理由で拡散したのかも聞いた。1位「情報が興味深いと思った」30%、2位「情報が重要だと感じた」29.2%は、他の人にもこの情報を知らせたら役に立つという考えがうかがえる。

一方で3位は「情報に怒りや不安を感じ、それを表現したかったため」23.3%で、より感情的な行動だ。

リテラシーが高い人ほど拡散しにくいが、自己評価が高い人は逆

では、どういう人が偽・誤情報が誤っていると気づきにくく、拡散しやすいのかを分析した。まず、情報を読み解く能力を「情報リテラシー」、メディアについての理解力を「メディアリテラシー」、要点理解や論理力についてを「批判的思考(クリティカルシンキング)」という3つのテストで測定し、さらに批判的思考については自己申告でも計測した。

その結果、メディアリテラシーや情報リテラシーや批判的思考スコアが高い人は、偽情報を拡散しにくい傾向が顕著に見られた。一方で、テストによるスコアとは別に、「批判的思考ができている」と自己申告で答えていた人は偽情報を信じやすく、拡散しやすい傾向があった。「『自分は批判的に思考できています』と考える人は実際にはかなり危険」(山口氏)ということだ。

また、画像検索をする人、リンク先を確認する人、ファクトチェックサイトを利用する人は、偽・誤情報を誤っていると気づく傾向があった。逆にリテラシーに関する教材で勧められることもある「他の人の意見もチェックする」という行動をとっている人は、むしろ、偽・誤情報を誤っていると気づきにくかった

効果が高い検証方法を実践する人は少ない

情報・ニュースが正しいかどうか確かめるためにどんな行動をするか聞いたところ、偽・誤情報対策として効果が高いとされる行動を実践している人は少なかった。具体的には、「画像検索する」6.7%、「リンク先の確認」9.3%、「ファクトチェックサイトの利用」3.5%にとどまった。

逆に最も多かったのは「確かめることはない」で、「確かめるために何をするかを聞いているのに『確かめない』が20%を超えている」(山口氏)と無防備ともいえる実態に驚いた。

情報環境を理解するための基礎的な用語を知らない

なぜ、偽・誤情報がインターネットユーザーの元に届き、拡散するのか。そういったメカニズムを知るためには、デジタル時代の情報環境を知るための基礎知識が不可欠だ。

インターネット、スマートフォン、SNS、動画などによって情報量は激増し、それらの流通を取りまとめるプラットフォームの影響力は大きくなった。1分間に500時間の動画がアップロードされるYouTubeなど、情報プラットフォームは大量の情報の中からユーザーが好むであろうコンテンツをアルゴリズムと呼ばれる独自の計算手法で自動で選別して届ける。

ユーザーは透明な膜=フィルターバブルに包まれ、その膜を通過したコンテンツばかりに触れるようになる。また、自分と価値観が近い人とばかり繋がり、狭い反響室=エコーチェンバーの中で意見を共有し、先鋭化させていく。それらの仕組みが人々の関心を集めることが経済的な価値につながる経済=アテンションエコノミーの中に組み込まれている。

このような基礎的な用語について、「知らない」と答えた人が、「フィルターバブル」で87.7%、「エコーチェンバー」81.2%、「アテンション・エコノミー」89.3%に上った。

また、山口氏が同時期に手がけた読売新聞との共同調査で、基礎的な用語の認知度の日米韓の比較をしたところ、日本は極端に低く、例えば、「フィルターバブル」を知っていると答えた人は韓国46%、米国32%に対して、日本6%だった。

2万人調査をもとにしたJFCの施策はこちら

検証・教育・研究・開発など総合的な偽情報対策のハブに 日本ファクトチェックセンター
日本ファクトチェックセンター(JFC)などが2024年4月16日に都内で開いた偽情報対策シンポジウム。国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)がJFCと協力して実施した偽情報の実態に関する2万人調査の結果などを受けてJFCが今後、どのような施策に取り組むかを私(古田大輔JFC編集長)が説明しました。以下がその内容です。 JFCが発足1年半で成し遂げたこと 今後の施策について説明する前に、2022年10月1日に正式発足したJFCの現状について説明しました。 発信を強化し、国際ファクトチェックネットワークに加盟 JFCは発足当初、月10本のファクトチェック記事の公開を目標とし、JFCサイトだけでなく、Yahoo!ニュース、X(旧Twitter)、Facebookで発信してきました。 2024年4月現在、編集部の強化や作業の効率化によって、発信は動画を含め月30本ペースに。2023年5月には国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)の認証を受け、年に一度の総会Global Factにも参加。日本におけるファクトチェックやリテラシー普及活

偽情報対策シンポのアーカイブ動画

報告書と概要のダウンロードはこちら

JFCとGLOCOMの「偽・誤情報、ファクトチェック、教育啓発に関する調査研究」はこの他にも、ファクトチェックの効果や期待される媒体、生成AI、効果的な啓発活動、海外の実践例など、数多くのデータを掲載。研究から導かれる10の提言なども含まれています。

こちらからダウンロードが可能です。

Innovation Nippon2024概要版

Innovation Nippon2024報告書


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山火事は兵器によって起こされている? 大規模火災のたび拡散する陰謀論 【ファクトチェック】

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全国各地で相次ぐ山火事をめぐって、兵器によって起こされているからだなどといった情報が拡散しましたが、誤りです。日本では、山火事は例年1〜5月に集中して発生しています。大規模な火災のたびに国内外でこうした陰謀論が拡散します。 検証対象 2025年3月24日、「やっぱり直線状に燃えてますね。通常の山火事で、こんな燃え方は絶対しません。明らかにDEW(指向性兵器)で焼き払っていますね」という情報が拡散した。 投稿は愛媛県今治市で撮影された山火事が燃え広がる動画を引用している。 各地で相次いだ山火事に関連して「#スマートシティ火災」「#DEW火災」などのハッシュタグが付いた投稿や「誰かが放火してるんじゃないの?」「DEWで焼き払ってるとしか思えない」という情報も拡散している(例1、例2、例3)。 検証過程 相次いで発生した山火事 2025年2月から3月にかけて大規模な山火事が日本各地で発生している。2月26日、岩手県大船渡市では市の面積の9%にあたるおよそ2900ヘクタールが焼失する山火事が発生し1人が死亡した。3月31日現在消防は警戒を続けている(NH

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USAIDとNHKが繋がっていた?/FBI長官が安倍元首相の暗殺の理由に言及?/情報インテグリティシンポ開催へ【今週のファクトチェック】

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米FBIパテル長官が「安倍元総理が暗殺されたのはイベルメクチンを配ろうとしたから」と会見で発言? そのような事実はない【ファクトチェック】

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米FBIパテル長官が「安倍元総理が暗殺されたのはイベルメクチンを配ろうとしたから」などと発言したかのような投稿が拡散しましたが、誤りです。そうした発言の事実は確認できず、安倍元首相がイベルメクチンを配ろうとした事実もありません。 検証対象 2025年3月24日、「米国FBIパテル長官が、安倍晋三元総理が殺されたのは、国民にイベルメクチンを配布しようとしたからだなどと記者会見で述べた」という趣旨の、3000字超の長文投稿が拡散した。 2025年3月28日現在、投稿は1万回以上リポストされ、表示回数は360万件を超える。投稿には「なるほど」「闇が深すぎる」などのコメントのほか、誤りを指摘するコミュニティーノートもついている。 検証過程 FBIパテル長官が安倍元首相の暗殺理由を発言? 検証対象の要点は次の通りだ。 「2月27日の記者会見で、米FBIパテル長官が安倍晋三元総理暗殺事件について言及した。安倍氏が殺された理由について、世界経済フォーラム(ダボス会議)の決定に従わなかったから、コロナワクチンを義務化しなかったから、コロナワクチン160万本を送り

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幼女を妻にするイスラム教徒の動画? AIによるディープフェイク【ファクトチェック】

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日本ファクトチェックセンター(JFC)は、ファクトチェックやメディア情報リテラシーに関する講師養成講座を月に1度開催しています。講座はオンラインで90分間。修了者には認定バッジと教室や職場などで利用可能な教材を提供します。 次回の開講は4月19日(土)午後2時~3時半で、お申し込みはこちら。 https://jfcyousei0419.peatix.com/ 受講条件はファクトチェッカー認定試験に合格していること。講師養成講座は1回の受講で修了となります。 受講生には教材を提供 デマや不確かな情報が蔓延する中で、自衛策が求められています。「気をつけて」というだけでは、対策になりません。最初から騙されたい人はいません。誰だって気をつけているのに、誤った情報を信じてしまうところに問題があります。 JFCが国際大学グロコムと協力して実施した「2万人調査」では実に51.5%の人が誤った情報を「正しい」と答えました。一般に思われているよりも、人は騙されやすいという事実は、様々な調査で裏打ちされています。 JFCではこれらの調査をもとに、具体的にどのような知識と

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