立花氏が「県警が否定」報道直後に投稿削除 新聞による「ファクトチェック」の効果と公的機関の発信の重要性
兵庫県の元県議急死に関して「昨年から県警の取り調べを受けていた」「逮捕が怖くて自ら命を絶った」などとソーシャルメディアで発言していた政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が、投稿を削除しました。産経新聞などが県警に取材し、捜査や逮捕を否定したと報じたことが影響したと見られます。
これまで日本の新聞やテレビなどの報道機関はインターネット上の偽・誤情報などの検証に消極的でした。しかし、YouTubeやTikTok、XやFacebookなどソーシャルメディアの影響力が増す中で、その姿勢に変化が見られます。日本ファクトチェックセンター(JFC)などのファクトチェック組織と違う報道機関ならではの検証の果たせる機能と公的機関の情報発信について解説します。
元県議をめぐる立花氏の投稿と削除
兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などを調査する県議会調査特別委員会(百条委)の委員だった竹内英明元県議が1月18日に急死した。自殺と見られると報じられている(朝日新聞、産経新聞)。
これに対し、立花氏は19日にXで「竹内元県議は、昨年9月ごろから兵庫県警からの継続的な任意の取り調べを受けていました」などと投稿した。
さらに自身のYouTubeにアップした動画では「逮捕されるのが怖くて自ら命を絶った」などと発言をしていた。
しかし、産経新聞が兵庫県警に取材し、「竹内氏に対して任意の事情聴取もしていないし、逮捕の予定もなかった」と完全否定したと報道。立花氏はXやYouTubeの投稿を削除し、現在は見られなくなっている。
立花氏は「警察の捜査妨害になる可能性があるので、竹内元県議の刑事事件に関する発信は削除させていただきました」とXに投稿している。
朝日新聞も報道していたが、産経記事との違い
実は竹内元県議の自殺に関する記事の中で、朝日新聞は産経新聞よりも早く、県警が取り調べや逮捕に関して否定する記事を出している。
しかし、朝日新聞の記事の見出しは「兵庫県議会の百条委員務めた前県議が死亡 知事選翌日に議員辞職」。記事の最後の段落でSNSで取り調べや逮捕などの情報が拡散していることを指摘し、「県警幹部は朝日新聞の取材に対し、『そんな事実はない』と否定した」と書いている。
一方、産経新聞の記事は見出しが「立花孝志氏『逮捕が怖くて命絶った』と投稿も兵庫県警は完全否定 竹内元兵庫県議の死亡」。立花氏自身の発言を対象に検証し、兵庫県警への取材をもとにその情報が誤りだと断定している。
ファクトチェックと一般的な記事の違い
産経新聞も朝日新聞も兵庫県警に取材して、「竹内元県議に対する取り調べや逮捕は事実ではない」と報じている点は同じだ。
違うのは、いち早く出した朝日新聞の記事が「竹内元県議の死亡」を主軸に書いているのに対し、産経新聞はその後に出てきた「立花氏の主張」を主軸にして、「県警が完全否定」と見出しにしているところだ。
日本ファクトチェックセンター(JFC)は「ファクトチェック(事実の検証)」をする際に「検証対象」を明確にし、「検証過程」を詳細に説明し、その結果の「判定」も事前に公開している指針をもとに公開している。これが世界的に一般的なファクトチェック記事の書き方だ。
産経新聞の記事は、厳密なファクトチェックの手法に則っているわけではないが立花氏の主張を検証対象とし、県警の否定によってそれが誤りであることを示している点で、ファクトチェック記事と同じような効果を持っている。
新聞社だからこその素早い検証
産経新聞と朝日新聞の記事にもう一つ共通している点がある。それは兵庫県警への取材が匿名の情報源に頼っているところだ。両メディアは取材源を次のように表記している。
産経:兵庫県警の捜査関係者
朝日:県警幹部
筆者(古田)も新聞記者として事件取材を担当したことがある。警察はウェブサイトなどでの一般に公開された情報発信だけでなく、記者クラブ向けの会見を実施したり、個別メディアの取材に捜査関係者や幹部が匿名を条件に話したりする。
今回の産経と朝日の記事はいずれもこの「匿名の情報提供」によるものだ。普段から警察に足繁く通い、人間関係を作ったうえで情報を提供してもらうのが一般的だ。事件関係の記事を見れば、警察関係者が実名や役職を出しての発信は非常に少なく、多くの記事は匿名情報源に頼っていることがわかる。
JFCも様々な偽・誤情報の検証の際に、全国各地の警察当局に取材をしているが、その対応はまちまちだ。「記者クラブ加盟社以外の取材には答えない」などと電話を切られることも多い。
今回もJFCは兵庫県警に問い合わせを入れており、その返答があり次第、この記事に追記する。警察としては、記者クラブに所属しない報道機関への取材対応は、通常とは異なるために時間がかかる。
ソーシャルメディアで一瞬で拡散していく偽・誤情報を検証していくときに、全国各地の警察当局などに取材のツテがある新聞社が素早く報じることで果たせる役割は非常に大きい。
偽情報対策として公的機関による情報発信の強化を
今回、兵庫県警の対応は早かった。各新聞社の取材に答えるだけでなく、1月20日に開かれた兵庫県議会警察常任委員会でも村井紀之本部長が「全くの事実無根」と立花氏の主張を完全否定した。委員会でこの件に関する質問を受けた村井本部長の発言は以下の通り(1:13:20~)。
「基本的にこういう場で個別案件の捜査につきまして言及することは通常は差し控えております。けれども、事案の特殊性に鑑みまして、私の方からご答弁をさせていただきます。竹内元議員につきましては、被疑者として任意の捜査をしたこともありませんし、ましてや逮捕するといったようなお話は全くございません。全くの事実無根でありまして、明白な虚偽が SNS で拡散されていることにつきましては、極めて遺憾であるというふうに受け止めております」
立花氏は「警察の捜査妨害になる可能性があるから削除した」と述べているが、その理由付け自体にも根拠がないと言える。
ファクトチェックに関するルールを公開している国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)は、検証する際の「情報源の透明性」を求めている。情報源の安全が確認できないような例外を除いては透明性を確保するのが大原則だ。日本の警察取材の多くは「匿名情報源」が前提になっているが、これではファクトチェックの基準を満たせない。
今回、兵庫県警は警察常任委員会という公開の場でも誤った情報を否定した。これが偽・誤情報の拡散防止に効く。さらに積極的に、警察に関して誤った情報が発信していることに気づいたら、ウェブサイトやXなどのソーシャルアカウントでも積極的に誤りを訂正する情報発信をすれば非常に効果が高い。
これは警察に限らない。検察や裁判所、政府や自治体、企業や大学。あらゆる組織が自らが関係する偽・誤情報を訂正するわかりやすい情報発信を強化していくことがますます必要とされている。
そういった情報発信の中には、自分たちに都合よく、本当は間違っていない情報を「誤っている」というような主張も混じってくる。日本ファクトチェックセンターのような第三者の検証機関は、そういう事実を歪める自己弁護を検証することが、重要な役割の一つだ。
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。
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