繰り返し拡散する「女性にAED使用で訴えられる」 警察や弁護士の解説による正しい知識で救命を
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男性が女性にAEDを使うと「性被害などで訴えられるリスクがあるので、使わない方がよい」と呼びかける情報が、何度も拡散しています。警察庁は訴えられた事例を「把握していない」と取材に答えましたが、これだけでは「訴えられるリスクがない」とまでは言えません。「◯◯がない」と証明するには全ての事例を調べる必要があり、いわゆる「悪魔の証明」です。
一方で、証明が困難だからとこのような情報を放置しては、AED使用をためらって、女性の命を脅かす事態を招きかねません。日本ファクトチェックセンター(JFC)は警察や専門家への取材で、AED使用をめぐる現状をまとめました。
結論を先に言えば、必要なときはためらわず、女性にもAEDを使いましょう。
「女性にAEDを使用しないで」あいつぐ心配の声
検証のきっかけは、2025年1月20日に拡散した以下の情報でした。
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この投稿は表示件数が2月18日現在40.6万件を超え、1000回以上リポストされています。
1月22日には、多くのフォロワーがいるひろゆき氏が、YouTube動画を引用する形で、Xへ次のように投稿しています。
女性へのAED使用を心配する声は、以前からSNS上で繰り返されています(例1、例2)。
警察庁「(訴えられた事例は)把握していない」
「絶対に女性にAEDを使用しないで」などの投稿は、その根拠に「被害届を出される可能性」を挙げています。JFCは警察庁に取材しました。
警察庁は「女性に対してAEDを使ったことで、男性が女性側から性被害などで訴えられた事例はあるか」という問いについて、「そのような事例については把握していない」と回答しました。
警察庁は犯罪統計など都道府県警察を指揮監督していますが「女性へのAED使用で被害届がでた事例」などの具体的なケースを個別にすべて把握しているわけではありません。警察庁が「把握していない」から訴えられるリスクがないとまでは言えません。
弁護士「仮に裁判になっても、救命者が負けるとは考えにくい」
もし本当に女性へのAED使用で被害届が出て、裁判になっていたとしたら、非常に珍しい事例で関係者の間で注目を集めたはずです。
JFCは交通事故の裁判を多く担当し、AED使用の関連法に詳しい、よつば総合法律事務所副代表の小林義和弁護士に取材しました。
Q)男性が女性にAEDを使用した後に、性被害などで女性側から訴えられた事例を聞いたことは。
A)判例秘書INTERNETやTKCローライブラリーなど、プロ向けのオンライン判例検索サービスで検索した限り、そういった事例は見当たらないです。弁護士としてそのような相談を受けたり、周囲で見聞きしたこともありません。
Q)もし刑事や民事で訴えられた場合、どうなりますか。
A)刑法第176条の「不同意わいせつ罪」に該当するかどうか等が問題になります。
不同意わいせつ罪のわいせつな行為に当たるかどうかは、救命行為から明らかに逸脱するような性的な意味があるかどうか、処罰に値するものかどうか等を考慮して判断されます。その時代の性犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ、客観的に判断されるべきとされています。
救命目的でAEDを使用する行為は、性的な意味があり不同意わいせつ罪として処罰に値する行為とは言い難いので、不同意わいせつ罪は成立しないと考えられます。裁判では、主観ではなく証拠が大事なので、救命目的以外の別の意図でAEDを使用した証拠がない限り、裁判に負けるとは考えにくいです。
Q)とはいえ、やはり訴えられるリスクはゼロではない?
A)訴えることは自由なので、理論上リスクはゼロではありません。でも、これだけ検索しても類似の判例が見当たらないということは、刑事でも民事でも、訴えた側が勝つのが非常に難しいことを意味します。
訴訟の相談を受ける際、弁護士は、その裁判で勝てる見通しがどの程度あるかを相談者に伝えることが多い。訴訟には多大な費用と時間がかかる上に、裁判で負けると、訴えた側のダメージは非常に大きいです。自分がもし相談を受けたら、そうしたことも相談者に伝えて、よくよく考えるように促します。
電気ショックが1分遅れると救命率は10%低下
警察庁は把握しておらず、AEDに詳しい弁護士も裁判事例を知らない。つまり、実際に被害届が出たり、裁判になったりした事例はほぼないであろうということがわかります。
ほぼありえないリスクを考えて、女性へのAED使用をためらうと何が起こるのか。日本AED財団によると、電気ショックが1分遅れるごとに救命率は約10%ずつ低下します。
2025年1月24日付の総務省・消防庁の報道資料(p7)によれば、2023年中に一般市民が目撃した、心臓の原因で呼吸や心臓の動きが止まった人(心原性心肺機能停止傷病者)の数は2万8354 人で、AEDを含む心肺蘇生を実施した場合としなかった場合を比べると、実施した場合、1か月後生存者数が約2.0倍、1か月後社会復帰者数が約2.9倍でした。
また、熊本大学等の研究グループによる2023年の論文では、年齢や性別によって救命処置の受けやすさに違いがあることが示されています。調査対象になったのは心停止した 35万人以上で、平均年齢は 78歳、約4割が女性でした。AEDを使ってもらえた割合は、男性が 3.2%、女性が 1.5% で、男性の方が明らかに高く、特に若い女性は、同年代の男性と比べてAEDや心肺蘇生を受けにくいことが分かりました。
救命処置を受けた場合は、若い女性の方が同年代の男性より神経学的予後が良いので、若い女性にも迅速に適切な救命処置を行うことが重要と示唆されています。
実際にスポーツ大会で倒れた女性へのAED使用を駆けつけた男性がためらったことから、脳に重い障害が残った事例をNHKが報じています(NHK LIFE CHAT「女性にAEDためらわないで!」)。
あとがき
「〇〇は無い」と示すには、あらゆる可能性を調べなければなりません。これは非常に難易度が高い検証で、俗に「悪魔の証明」とも呼ばれます。JFCでも、そのために検証を断念した事例が数多くあります。
しかし、女性へのAED使用をためらわせる情報が拡散することは、女性の救命率に関わり、非常に重大な問題です。小林弁護士が言うように「理論上リスクはゼロではない」としても、可能性は非常に低く、「訴えた側が勝つのが非常に難しい」ことを知ってほしいと思います。
必要があれば、相手が女性であっても、ためらわずAEDを使いましょう。
JFCでは過去にも2度、女性に対するAED使用に関するファクトチェック記事を公開し、それぞれ「誤り」、「不正確」と判定しています。
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JFCでは引き続きこのテーマの検証を続けていきます。信頼に足る新たな情報やデータが得られ次第、続報を公開していきます。
検証:リサーチチーム
編集:古田大輔、藤森かもめ、宮本聖二
判定基準などはJFCファクトチェック指針をご参照ください。
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