フェイクニュースとナラティブ 人を惹きつける「語り口」【JFCファクトチェック講座 理論編6】

フェイクニュースとナラティブ 人を惹きつける「語り口」【JFCファクトチェック講座 理論編6】

日本ファクトチェックセンター(JFC)のファクトチェック講座です。

理論編第5回はファクトチェックの基本、意見と事実の切り分けについてでした。第6回は国際的なファクトチェックのルールや偽・誤情報が拡散する背景にもある「ナラティブ」について説明します。

(本編は動画でご覧ください。この記事は概要をまとめています)

ファクトチェックの重要性と限界

偽・誤情報の拡散が進む中で、ファクトチェックは重要な取り組みですが、万能ではありません。

嘘は瞬時に広がりますが、ファクトチェックには時間がかかります。少なくとも数時間、時には数週間を要することも。また、偽・誤情報を拡散する人は多い一方、公正な検証に取り組む人は限られています。

つまり、数の上でファクトチェックは追いつけません。

ファクトチェックできる言説は限られる

また、前回も説明したようにファクトチェックは事実を検証するものであり、意見には適用できません。

ダボス会議で、ドイツのバイオテック企業CEOが「水田での米生産がメタンガスの発生源だ」と発言しました。日本ではこの発言が温暖化対策を名目とした水田稲作への攻撃に繋がるという言説が広がりました。

「温暖化対策を名目に利権を狙う」という言説は温暖化に懐疑的な人がシェアする傾向があります。JFC内でこの言説を検証したいという声が上がりましたが、議論の結果、検証対象からは外しました。

「水田稲作が狙われそう」という言説は事実の提示というよりは意見であり、未来の話だから、客観的に検証可能なものではないというのが理由です。

JFCが気候変動に関して検証した事例

JFCはこれまでに気候変動に関して検証した事例があります。

「気候変動は疑似科学で危機は存在しない」という言説に対しては、圧倒的多数の研究が人間の活動によって温暖化が進んでいると一致していることや、否定する言説は気候専門家以外によることなどを指摘し、誤りと判定しました。

気候変動は疑似科学で危機は存在しない?【ファクトチェック】
「気候変動は疑似科学の結果であり、本当の気候危機は存在しない」という言説が拡散しましたが、誤りです。地球は温暖化しており、主な原因は人間の活動であると大多数の科学者や科学機関が結論づけています。 検証対象 拡散したのは、ネットメディアTotal News Worldの記事「ノーベル物理学賞受賞者含む300人の学者が「気候変動の緊急事態など存在しない。科学の危険な腐敗だ」と宣言/「風力、太陽光は完全な失敗で環境を破壊しているだけだ」」。ソーシャル分析ツールBuzzSumoで調べると、「気候変動」が見出しに入った日本語の記事で主要メディアを超えて過去1年で最も拡散しており、FacebookやTwitterなどのシェアやいいねなど総エンゲージメント数は1万7000を超えている。 記事は海外のネットメディアThe Daily Scepticの英文記事を翻訳・引用して伝えている。主な内容は、2022年ノーベル物理学賞の共同受賞者ジョン・クラウザー博士が「世界経済と何十億もの人々の幸福を脅かす危険な科学の腐敗」「大規模な衝撃ジャーナリズムの疑似科学に転移した」と発言し、

しかし、ダボス会議の事例は検証対象にはなりえないと判断しました。ここはファクトチェッカーや各団体でも判断が分かれるところかもしれません。

ファクトチェックは誰かを攻撃するためではない

ファクトチェックは事実の誤りを判定するものであり、その目的は誤った言説の拡散を防ぎ、民主主義社会に不可欠な情報環境を作ることです。

しかし、ファクトチェックの結果を批判として受け取る人や、それを利用して攻撃する人もいます。

ファクトチェックの目的は誰かへの攻撃ではなく、より良い情報環境のため、事実の検証に焦点を当てるものだと何度でも強調する必要があります。

公正性と検証対象の選び方

ファクトチェックには公正性が重要です。誰でもバイアスはあるけれど、バイアスを意識した上で流されず、科学的・客観的な証拠に基づいて検証します。

また、検証の方法だけでなく、検証対象の選び方も重要です。特定のグループや個人に有利になるよう検証対象の選び方は信頼を失います。非党派的に選ぶことが求められます。

JFCでは多様なテーマを検証しており、特に医療健康、国際問題、政治、災害に関する検証を多く実施しています。

国際ファクトチェックネットワークの原則

国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)は、ファクトチェックの5つの原則を公開しています。その一つ目が非党派性と公正性。全ての検証対象を同じ基準で公正に実施することが求められます。

IFCNの認証を受けているJFCのサイトでも「ファクトチェックとは」というページで、この点について解説をしているので、ぜひ参考にしてください。

画像や動画の検証は実は単純

ファクトチェックはやりやすい対象とやりにくい対象があります。

例えば、画像や動画の改変の検証は比較的簡単です。2024年の能登半島地震の際に、2011年の東日本大震災の津波の画像や動画を使って「現在の能登半島の様子」というような投稿がネットで拡散しました。これはオリジナルを見つけたら、すぐに検証が出来ます。

こういった事例は災害のたびに拡散されます。

(能登半島地震)災害時に広がる偽情報5つの類型 地震や津波に関するデマはどう拡散するのか
地震や津波、洪水など大きな災害が発生すると、偽情報や根拠のない情報が拡散します。事実と異なる投稿や不確かな救助要請は、本当に助けを必要としている人たちへの支援を遅らせたり、妨げたりする恐れがあります。拡散しがちな偽情報・誤情報のパターンを知って、支援を妨げないようにしましょう。 災害時の偽情報の5類型 実際と異なる被害投稿 災害時に最も多く見られるのが、偽の被害報告だ。2024年1月1日の能登半島地震では、2011年の東日本大震災の津波の映像を使って、まるで能登半島地震の被害のように投稿する事例が相次いだ(例1、例2、例3、例4、例5 、例6)。 例2と例3を投稿した2つのアカウントは添付動画は異なるが、投稿文言は同じで「津波到達になった瞬間NHKのアナウンサーがすごい怒鳴ってる!危機感の伝わってくるアナウンスなので北陸新潟能登半島の方逃げてください」と書かれている。投稿内容をコピーしたと見られる。 例5の投稿は「石川県能登に大津波警報逃げろ」という文言に「#東日本大震災」というハッシュタグもついている。映像は東日本大震災のものだと示唆しているように読

ファクトチェックが難しい例

因果関係や相関関係の検証は非常に難しいです。

具体的な例として、2023年12月に北海道函館市でイワシやサバの大量死があり、「福島第一原発からの処理水放出の影響である」という言説が拡散しました。

このようなケースでは、魚の大量死と処理水に因果関係があるのか、様々な観点から検証する必要があり、JFCでは4つのポイントから誤りと判定しました。

客観的な証拠が揃わずに、検証不可能として諦める事例もたくさんあります。

ナラティブにどう対応するか

世界中からファクトチェッカーが集まる年に一度の総会Global Factで毎年話題になるのが「ナラティブ」への対応です。

ナラティブは日本語では「物語」と翻訳されることもありますが、それだと「ストーリー」との違いがわかりません。比較して説明しましょう。

ニュース・ストーリー

日本語だと「ストーリー」は物語・作り話のようなイメージがありますが、英語だと「ニュース・ストーリー」のように使うこともあります。事実関係、関連情報、説明、関係者の談話、識者の見解などで構成されます。

ナラティブ

ナラティブはより大きな概念で、これらの要素について、「どのように語られるか」に着目しています。

戦争は各国でどう語られるか

具体的に見てみましょう。例えば、ウクライナへのロシアの侵略について、ロシアには全く違う語られ方=ナラティブがあります。

「ウクライナ戦争はアメリカやNATOの圧力から自分たちを解放するための戦い」というようなナラティブです。この大きな語り口に即した形で、様々な情報が拡散しています。

世界中のファクトチェッカーがどれだけ個別の情報について「誤り」と判定したとしても、それらの情報が拡散する背景としてのナラティブに変化がなければ、新しい偽・誤情報が拡散することになります。

次回は信頼できる情報の見分け方

ファクトチェックの根拠とするだけでなく、日々の情報収集のために必要なのが信頼できる情報源です。次回はどうやって信頼できるかどうかを見分けられるのかを解説します。

アンケートにご協力を

動画を見た方は、ぜひ簡単なアンケートにご協力ください。 https://forms.gle/QdVa9A5v3RDnfBW59

検証手法や判定基準については、JFCファクトチェック指針をご参照ください。検証記事を広げるため、SNSでの拡散にご協力ください。XFacebookYouTubeInstagramのフォローもお願いします。毎週、ファクトチェック情報をまとめて届けるニュースレター登録はこちらからどうぞ。

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兵庫・迎山県議 「私を批判すれば国民にツケが回る」と発言? コメントを歪曲【ファクトチェック】

兵庫・迎山県議 「私を批判すれば国民にツケが回る」と発言? コメントを歪曲【ファクトチェック】

兵庫県の迎山志保県議が「私を批判すれば国民にツケが回る」などと発言したという情報が拡散しましたが、不正確です。公人に向けた批判に対する迎山県議のコメントを歪曲したものです。 検証対象 迎山県議が「私を批判すれば、やがては国民にツケがまわる」などと言ったかのような情報が繰り返し拡散している(例1、例2)。 2024年11月の投稿は「迎山しほ議員、斎藤知事を辞任させておいて 私を批判するな!批判を続ければ政治は劣化する!国民にツケが回るからな!この態度は流石にヤバくないか?」という内容で、斎藤知事を擁護し、迎山議員を批判する内容だ。 この投稿は2025年2月18日にも「迎山しほ議員『私を批判すれば、やがては国民にツケがまわる』国民にこんな事言う県議初めて見ました」という文言と共に再び拡散している。 これらの投稿には迎山県議の「全てが公人ということでさらされるのが当たり前 批判されるのが当たり前」「政治の世界もどんどんと結果的には劣化をしていく」「国民にツケが回っていく」などのコメントが抜き出された画像が添付されている。 検証過程 画像にある「報道特集」

By 日本ファクトチェックセンター(JFC)
「USAIDが日本メディアを操作」 デマ拡散の背景にある報道不信

「USAIDが日本メディアを操作」 デマ拡散の背景にある報道不信

「USAIDは世界中のメディアに資金提供」「言論操作している」などの情報が世界中に拡散しました。その多くはすでに検証されていますが「日本メディアも関係している」というリストまで出回りました。何が事実で何が誤りか。デマが拡散する背景も含めて解説します。 きっかけはトランプ政権によるUSAID批判 発端は1月に就任したトランプ大統領がアメリカ政府の対外援助を管轄するUSAID(アメリカ国際開発庁)を通じた対外援助を90日間停止する大統領令に署名したことです。トランプ政権が掲げる「アメリカ・ファースト」に沿った動きでした。 2月に入り、トランプ大統領や政府効率化省トップについたイーロン・マスク氏は、USAIDを批判する発言を繰り返しました。 トランプ氏の発言 「急進的な狂人たちによって運営されている」(CNN, 2月3日) 「USAIDやその他の機関で何十億ドルもの資金が盗まれ、その多くが民主党に有利な報道をするための『報酬』としてフェイクニュースメディアに支払われているようだ」(CBS, 2月13日) マスク氏の発言 「USAIDは犯罪組織だ」(CN

By 古田大輔(Daisuke Furuta)
兵庫・百条委員会が議事録をすべて破棄? 県議会サイトで公開【ファクトチェック】(追記あり)

兵庫・百条委員会が議事録をすべて破棄? 県議会サイトで公開【ファクトチェック】(追記あり)

兵庫県の斎藤元彦知事がパワハラの疑いなどで告発された問題で、調査をしている県議会百条委員会が、議事録を公開せずにすべて破棄したという情報が拡散しましたが、誤りです。議事録は県議会のウェブサイトで公開されています。 検証対象 2025年2月18日、兵庫県議会の百条委に関して、「百条委員会の議事録は全部破棄ってホントですか? 全部公開されずに破棄? 兵庫県議員アタマオカシイやろ」という情報が拡散した。 この情報に対して「百条委員会に使った金は委員に全部払ってもらうしかないな」「そもそも百条委員会がデマだったということか」などのコメントがついているほか「兵庫県文書問題会議録で全部見ることできるけど」と疑問を投げかけるものがある。 検証過程 兵庫県議会は2024年6月13日、地方自治法百条に基づいて斎藤知事のパワハラ疑惑などを調べる「文書問題調査特別委員会(通称:百条委員会)」を設置した。 6月14日から始まった委員会は、2025年1月27日まで計15回開かれている。県議会は、12月25日の分を除く、計14回分を 議会検索システムで公開している。「会議録の閲

By 宮本聖二
放射線育種米に注意? あきたこまちRへの誤解【ファクトチェック】

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新品種のコメ「あきたこまちR」が「放射線育種米なので注意」という主張が拡散していますが、誤りです。コシヒカリの種子に放射線を照射した品種を使うもので、生育中の水稲や収穫後のコメに直接放射線を照射するものではありません。 検証対象 2025年2月19日、「放射線米 ご注意してね!!」というキャプションと共に「2025年から兵庫県と秋田県では『あきたこまち』と『コシヒカリ』が『放射線育種米』に切り替えられることが確定しました。この放射線米が本気で異常」という画像がついた投稿が拡散した。 この投稿には2300を超すリポストと45万以上の閲覧があり、「とうとう来たか…これ一昨年から言われてたよね 酷すぎる」「秋田知事が強引に進めてる それこそが危険なのだ」というコメントのほか「放射線育種なんて昔からある技術だし、おそらく大多数の日本人は食べたことがあると思う」と指摘する人もいる。 「あきたこまちR」が危険だという情報は、これまでに多数拡散している(例1、例2)。 検証過程 あきたこまちRとは 日本ファクトチェックセンター(JFC)は、秋田県水田総合利用課

By 宮本聖二